40 悪夢の祖と兄
「今後は膝枕じゃなくていいから、わらわを抱き締めて眠ってくれない? 不眠もそれで解消すると思うんだ」
言われている意味がよくわからない。いや、すごくシンプルな要望だからわかるんだけど、それはいろいろとまずいんじゃなかろうか。うん、まずい。
「言われている意味がよくわかりません」
「ウソついてるだろ! わからないほど複雑なこと言ってないし」
顔を少しだけ離して、メアリが恨みがましく見つめてきた。すねてる妹みたいで、相当かわいい。もともとかなりかわいいので、そういう仕草は困る。
「抱き締めながら寝るんだったら、君でもできるでしょ? 君の安眠妨害にもならないと思うし。それに、わらわもぐっすり眠れるからウィンウィンの関係だよね?」
俺は普通に寝れるだけだからウィンじゃないだろと思ったけど、美少女と抱き合って眠れるのってウィンだな……。でも、さすがにそのことをメアリは指してないと思う。
「あの、率直に申し上げますね。俺だって年頃の男なわけです。それで女の子と抱き合いながら眠るって、こう、いろいろとムラムラきちゃうかもしれないんですよ。そりゃ、本当の妹なら何もしないと思いますけど、どっかでオオカミになったら大変なので……」
もっと極端に幼いならそういう趣味の人でない限り大丈夫だと思うのだけど、メアリの見た目は普通の男から見てもストライクゾーンに入ってもおかしくない範囲なのだ。年令で言うと、十四、五歳ぐらいかな。
たとえば、魔法学校とかの女子生徒とやけに付き合いたがる若い男とかいるけど、あれも女子生徒の年齢なら恋愛対象と認識しているがゆえだ。
なので、俺としても生殺しみたいになるし、もしも手を出して、メアリが怒ったら俺が殺されるだけじゃなく、王都が滅ぶ恐れまである。
いくらなんでも、それは許容できないだろう。
少なくともそのリスクは削っておかないとダメだ。
俺だって理性のある人間だし、相手を傷つけるようなことはせずに今まで生きてきたと思う。けど、もしかしたら酒で酔ってる日もあるかもしれないし……。
あるいは我慢できたとしても、こっちがたかぶって眠れないかもしれない。しょっちゅう、寝れなかったら健康にも悪いし、仕事にも差し支える。
「本当にどこまでもお兄ちゃんみたいなことを言うんだね……」
俺から離れたメアリはベッドに腰かけると、足をぶらぶらさせた。
「あんまり素直に思ったことを言っちゃダメだって知ってたはずなのにな……。わらわは全然勉強できてないや」
メアリは笑っていたけれど、それはとても疲れた笑い方だった。長く生きてきた大人の笑い方だ。メアリは長生きだろうけど、その姿には似合わない。
「お兄さんと何かあったんですね」
俺はメアリが座ってる前に立つ。今は向き合わないといけないと感じた。
「うん、実は、わらわが悪夢で全然眠れなくなったのも、そのせいなんだ」
「お兄さんは、その……亡くなられているんですか?」
これだけ兄を気にしてるってことはそうじゃないだろうか。
「ううん、お兄ちゃんは『闇より黒き冥界の鳩』って言って、今も魔界で元気にやってるらしい」
あれ、じゃあ、このこだわり方は何なんだ?
「わらわ、実はお兄ちゃんにお慕い申し上げてますって気持ちを伝えたことがあるんだよね……」
起床直後から、けっこうなレベルの爆弾が降ってきた。
「それ、禁断の恋ってやつですよね……?」
こくりとうなずくメアリ。なお、セルリアが「きゃー! 燃えますわー!」とたぎっていた。サキュバス的にはテンションあがる話題らしい。
「わらわはけっこう本気だった。愛があれば、乗り越えられると思ってたんだ。でも、お兄ちゃんはわらわのところから去っていった。妹の教育に悪いから、もう近づかないって……。ちゃんとした男と恋をしてるってわかるまで会わないって……」
魔族でも、教育とかそういう概念あるんだな。まあ、セルリアがいいとこのお嬢様っぽい空気を出してるし、おかしくはないか。
「わらわが余計なことを言ってしまったから、かえってお兄ちゃんと離れちゃったんだ……。それで、お兄ちゃんのこと考えてるとすぐ悪夢で目が覚めるようになって……。その悪夢を拡散させちゃって、『名状しがたき悪夢の祖』って呼ばれるようになったんだけど……」
昔のことを俺で思い出してしまっているからか、メアリはやけに感傷的だった。まさに初恋に破れた少女みたいに見えた。
俺、こんな時に慰めた経験なんてないけど、それでも言うしかないよな。
「あの、こんなこと言うのおかしいかもしれませんけど――後悔する必要はないと思いますよ」
「どういう意味? 後悔するに決まってるじゃない」
むすっとした顔でメアリがこちらを向いた。
「じゃあ、その気持ちをずっとお兄さんに伝えなかったとして、幸せだと思えますか? 想いを秘めたままであるほうが幸せだって本当に思えますか?」
俺はメアリの目を見ながら、そう問うた。
メアリははっとしたような顔になる。
「そんなわけないだろ……。だって、それじゃ、わらわはお兄ちゃんと一緒になれる可能性だって、どこにもない……」
それで、答えは出た。
「そうなんです。かなうかどうかは別として、その気持ちは伝えるしかなかったんですよ! それは必然なんだから、後悔したってしょうがないじゃないですか!」
恋愛に正しいも間違いもない。もちろん、なかにはかなわぬ恋もあると思う。でも、だからって、好きになったら、それは、そういうことだと受け入れるしかない。好きでないことにはどうせできないんだから。
最初からメアリに選択肢はなかった。だとしたら、終わったことを悩んでも意味なんてないんだ。
「だから、これからのことを考えるべきなんです」
今度は自分からメアリを抱き締めにいった。姿勢的に座ってるメアリをそっと包むぐらいだったけど。
それが今の自分ができる、最大限のことだと思ったからだ。
「俺はお兄ちゃんじゃないですけど、そっちから見たらものすごく短い時間しか生きてないかもしれませんけど、お兄ちゃんの代わりに抱き締めるぐらいならできますから」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! もう、どっかに行かないでね!」
ぽかぽかとメアリは感極まったように、俺の胸をゆるく叩いた。本当にゆるくだ。でないと、多分、俺が死んでるから。それぐらいには恐ろしい魔族なのだ。
「わらわのところにいてね……。お願いだからね……」
「俺でよければ」
「頭、なでなでして……」
あおぎ見るようにして言われた。
恥ずかしかったけど、それを理由に断るのってひどいよな。
なでなで、なでなで。
しばらく後、「ふぅー」とメアリは息を吐いて、俺から離れた。
「フランツ、ありがとう。ちょっと気持ちが楽になったよ」
「こんなことでお礼を言ってもらえるなら、楽なものです。何かすごい魔法をかけたわけでもないですし」
「ううん、君にすごい魔法をかけられた気分だ。君は偉大な黒魔法使いだよ」
はにかんだようにメアリは笑った。
「やっぱり、たまには君に抱き締められて眠りたいな。安心してぐっすり眠れるのは事実だし」
「でも、その……生殺しってまあまあ拷問なんですからね……」
照れたように、メアリはちょっと目をそらした。
「じゃあ……そこでオオカミになっても大目に見てあげるよ……。どうしてもって時は……いいから……。わらわは君の人生を百倍しても足りないぐらい生きてるはずだし……」
えええっ!?
今年最後の更新になりました。2017年もよろしくお願いいたします!




