35 出張のお楽しみ
トトト先輩はそのあともけっこうお酒を入れて、赤い顔をさらに赤くしていた。
「おいしい……やっぱりお酒がはおいしいわ……。嫌なことは全部忘れられる……」
「あの、大丈夫ですか? 寝落ちしないでくださいね?」
今、先輩が眠ってしまうと、俺もセルリアも先輩の住む社員寮がわからないので、途方に暮れることになる。
「心配しないふぇ」
「ちょっと呂律まわらなくなってますよ!」
「ワタシはまだまだ正気よ。むしろ、家に帰って、飲みなおすつもりだから」
「それ、本気で言ってます……?」
「本気も本気よ。酒場のおじちゃん、お勘定~」
三人で銀貨一枚と銅貨三枚かかった。そこは先輩が気前よくおごると言って支払った。
これだけ先輩が酒を飲みまくった割にはけっこう安いと思う。俺もセルリアもおなかいっぱいまで食べてるし。
王都近辺の飲食店はテナント料が高いので、割高と聞いたことあるけど、本当にそうらしいな。
「トトト先輩、足取りはしっかりしてらっしゃいますわね」
最初、セルリアは支えようとしてたけど、まったく不要と判断したらしく、俺の横に戻ってきた。
「たしかに千鳥足でもなんでもなくて、きびきび歩いてるな」
先輩は店を出ると、てくてく歩きだした。二十分弱ほど歩くと、三角屋根の建物にたどり着いた。
俺の住んでる建物よりもう少し広そうだ。庭では野菜らしきものが栽培されている。個々の野菜を弁当に入れたりするんだな。
「はい、ここが社員寮。会社で借りてる建物ね」
「酔いつぶれる前に着けてよかったです」
俺としてはそこが一番心配だった。もう、あとは今日は寝るだけだ。
でも、ある意味、業務時間外に大きな問題があった。
「よーし、帰宅したわよー!」
先輩は中に入ると、すぐにコートを脱ぎ、それから下着も脱いだ。
一言で言うと全裸になった。
「うあああああ! 何してるんですかっ!」
視線を背けるべきかもしれなかったけど、誘惑に負けて、まあまあ見ていた。向こうから脱いだんだから、罪には問われないだろう。
下着に近い格好で動いてから知ってるけど、やっぱりよく締まった体をしている。おっぱいもすごく形がいい……。
「何って、自宅に帰ったら、とりあえず全裸にならない?」
先輩の表情は素だった。からかってるわけですらない。
「た、たしかにそういう習慣の人いますけど……今日は俺もいるんですよ……」
「別に気にしないわ。それに、中途半端に隠すほうがいやらしいのよ。こうやって丸出しだったら卑猥な感じにもならないでしょ?」
どーんと胸を張るトトト先輩。
健康的でいやらしい感じがしないというのはわからなくもない。
「本当ですわ。煽情的な要素がそこまでありませんわね」
エロには種族上、たいへん詳しいセルリアもそれに同意していた。とはいえ、俺にとっては目に毒なことには変わりないんだけど……。
しかしエルフって極端に若く見えるというか、老化が遅いよな……。あらためて見ても人間の二十代半ばにいくかいかないかの容姿だ。肌もすごく張ってつやもある。
「じゃあ、お風呂沸かしちゃうね。二人で入る?」
俺とセルリアは先輩の家のお風呂に入った。こう、人の家のお風呂って妙に落ち着かなくなるな。
「ご主人様、どうされます?」
割と値段のする石鹸で体を泡だらけにしているセルリアに聞かれた。
これは、つまり……サキュバス的なことをするかという質問だ。
「人の家でそういうことをするのは変だし今日は控えておこう。先輩が全裸とはいえ、それとこれとは話は別だ」
「ですわね。人の家だからこそ興奮するかもと思ったのですが、それで会社の先輩に不興を買ってはいけませんわ。ご主人様に従いますわ」
そこは、サキュバス的思考なんだな。
俺とセルリアは浴槽でゆっくりぬくもった。
バスタオルを肩に乗せてお風呂から出たら、先輩は部屋でちびちびお酒を飲んでいた。本当に帰宅後も飲むんだな……。
「ふふふ……家飲みもまたよしね……」
「あの、習慣になってるとは思いますけど、飲みすぎには注意してくださいね」
「ここで酔いつぶれても安全でしょ。あっ、今日はソファで寝るから、ベッドを使って。大きいから二人で寝れるでしょ」
「客人といえば客人かもしれませんけど、いいんですか?」
「ぐでんぐでんになって、ソファで寝るのもオツなものなのよ」
もう、何を言っても無駄だし、とっとと寝よう。
ベッドはふかふかで、ぐっすり眠れそうだった。
セルリアが「いつもと違う寝室でムラムラしてきましたわ。ご主人様もそうじゃありません?」と言ってくる。
「セルリアの気持ちはわかるよ。俺もセルリアと抱き合いたくはある。でも、ここは…………耐えよう。理性との戦いだ」
「はぁい。業務時間外とはいっても、出張ですものね。真面目なご主人様も大好きですわ」
こうして、俺は高ぶる気持ちを忘れるようにして、ベッドに体をうずめた。
しかし、もうすっかり夜中という時間に、異常事態が起きた。
ドアが開いた音がした。俺もそれで目を覚ます。
「ふあ~あ……飲みすぎたわ……明日にはお酒も抜けてるかな……」
この声、確実に先輩だ。
そのまま先輩はベッドに入ってくる。
これ、酔ったせいでソファで寝るの忘れてるな!
「あれ、クッションがベッドに入ってるわね。まあ、いっか……」
そのまま先輩は俺に抱きついてきた。
そう、もちろん全裸のままで。
これを我慢しろっていうのはきつい!
「あっ、ちょうどいい抱き心地ね……」
先輩はこっちに足を絡めてくる。胸もほどよく当たるし、この状態は強制終了するしかない! こっちが変になる!
「先輩、起きてください! 寝ぼけてますよ!」
大声で伝えたら、先輩の目がぱっと見開いた。
「あっ……。ごめん、フランツ君、ソファで寝るの忘れてたわ……」
「よかった。すぐに素面に戻ってくれた……」
だけど、先輩は改めて、俺の顔をまじまじと見た。
「あのさ……フランツ君、このままお預けっていうのは、その……けっこうきついよね……? 一番元気な世代だしさ……」
俺はごくりと生唾を飲んだ。
「本音を言うと、そうですね……」
きれいな先輩に裸で抱きつかれて、何の感情も起こりませんというほうがおかしい。
「ワタシならいいけど? 裸で抱き着いたのはワタシの責任だし」
「ただ、セルリアにもそういうことはしないって言った手前、先輩とだけっていうのは……」
それじゃ事情を知ったセルリアが後で怒っても文句を言えない。セルリアに言ったことと自分がやってることが違うことになってしまう……。セルリアはサキュバスだからそういうことには寛容そうだけど、俺のほうの道徳の問題だ。
「別にいいですわよ、ご主人様」
セルリアがむくりと起きてきた。
「なんだ、聞いてたのか……」
そのにこやかな表情からして、間違いない。そりゃ、人が部屋に入ってきたら起きるよな。
「ただし、条件がありますわ」
人差し指をぴんとセルリアは立てた。やけに熱っぽい瞳をして。
「三人でということで。わたくしも交ぜてくださいませ」
俺はごくりともう一度生唾を飲んだ。
「サキュバスだもんね。ワタシはいいけど」
「じゃ、じゃあ……俺もお言葉に甘えて……」
そのあと、三人でサキュバス的なことをしました。
時間がかかって、翌日の業務に差し支えが出ないか心配になったぐらいだ。
翌朝、トトト先輩に謝られた。
「ごめんね、ダークエルフがみんな好色ってわけじゃないからね。ちょっと張り切っちゃっただけだから……」
「いえ、全然いいです。俺も楽しかったんで……」
やっぱり三人でというのは、体力を使うのだなと人生で初めて知った。
「ご主人様、お疲れの様子ですわね。やっぱり出張って知らないうちにストレスもたまりますわよね」
セルリアのほうは朝から元気だった。そういう理由じゃないと思うと言おうとしたけど、ここは黙っていよう……。
いろいろあったけど、初の出張はおおむね、いい感じに終わりました。
出張編はこれにて終了です! 次回から新展開に入ります。




