337 ありがとう
いよいよこの日がやってきた。
「フランツ、さっきからそわそわしすぎだぞ。そんなことでは下っ端の黒魔法使いだと思われてしまう。しっかりしろ」
「そういうアリエノールもさっきから控室を動き回ってるぞ」
「そんなことはない! モルコの森で最も有名な黒魔法の一族、カーライル家の直系、アリエノール様がこの程度のことでおどおどするか!」
「まあ、今じゃ『レストラン アリエノール』の店長としてのほうが有名だけどな」
「そんなことは……ある」
そこは認めるんだな。アリエノールの功績だしな。
と、控室の扉が開いた。
ファーフィスターニャ先輩とトトト先輩の顔がある。
「二人とも、そろそろ登場」
「手をつないで出てきてもらえればいいから~。まあ、形式とかはテキトーでいいよ。黒魔法使い同士の結婚式だし~」
さすがにテキトーにはしたくないんだが、堅苦しくする必要はないか。
「わかりました。出ていきます。ところで、トトト先輩……こんな日ぐらい、露出度下げられなかったんですか」
また下着みたいなというか、まさに高級ランジェリー姿だぞ。
「いいじゃん。どうせ、知ってる顔ばっかりなんだし。これならすぐに沼でも泳げるわよ」
「いや、沼トロールみたいに泳ぎ慣れてるうえに住んでる種族以外は遊泳禁止ですよ」
「あと、酔っぱらって落ちると危ない。柵は乗り出さないようにしてほしい」
ファーフィスターニャ先輩も注意をしている。
でも、そこで靴みたいなものを出してきた。
「ちなみに、この靴をはくと、小さくジャンプするだけで、三階建ての建物を飛び越えられるぐらいに飛べる」
「うん、この下着に似合うからさっき借りてはいたわ」
「そんな危ないマジックアイテムを貸さないでください!」
アリエノールに「お前の会社の社員は変な奴ばかりか」と言われたが、それに関しては否定できない。
「二人とも、もう本当に時間。出る」
ファーフィスターニャ先輩に言われて、俺とアリエノールはそっと手をつないだ。
控室といっても、首くくり沼親水公園の管理事務所の一室だ。
そこを出て、建物も出ると、目の前は公園の中の広場だ。
漆黒のカーペットが広場に敷かれていて、両側に出席者が並んでいる。
俺たちはその間を通る。
レダ先輩、これからも悪を倒しつつ、ライターのほうも続けてくださいね。
リーザちゃん、魔法学校の寮にいい後輩がいたら、この会社を勧めてください。
ドルクとソント、お前らも来てくれたんだな。卒業後も幸せだって生き方しろよ。
ガーベラ、アンデッドとしての第二の生、楽しんでるか。
ホワホワと『田舎屋』店主のマコリベさん含め、ファントランドの人たち。
ムーヤンちゃん、君が見習いたいと思えるような先輩になれるよう頑張るよ。
クルーニャさんはいろいろあっただろうけど、つらかったらまたネクログラント黒魔法社に戻ってきたらいい。社長もみんなも絶対に見捨てたりしない。
猫のお店の人たちも来てくれている。
ヴァンパイアのエンターヤ先輩、営業のノウハウもまた教えてください。
ワニ獣人のサンソンスー先輩、俺の故郷のライトストーンの海岸の管理、よろしくお願いします。
ゲルゲルは今後もチェス、頑張れよ。
ヴァニタザール、今日は大人のおもちゃの販売についてあまり話すな!
俺の親父、その話を興味津々に聞くな! 母さんにまた気絶させられるぞ……。
セルリアの姉のリディアさん、ちゃんとセルリアも幸せにしますからね。
グダマル博士とナイトメアもありがとう。
あと、メアリは俺が出ていくことを認めてくれて、ありがとうな。
俺はアリエノールと結婚するのを機会に、アリエノールの店のほうに引っ越していた。
そっちにセルリアも使い魔ということでついてきている。
会社の寮のほうはメアリとグダマル博士、それと猫のナイトメアが暮らすことになった。
といっても、メアリはしょっちゅう俺の家まで来るし、職場でも会うんだけど、メアリに我慢してもらう部分もあったと思うから、そこはこれからもできる限りフォローするつもりでいる。
「ほら、新郎がわらわに負い目があるような顔しないの」
メアリに怒られてしまった。
「抱き枕になってもらいに、どんどん行くからね」
「うん、どんどん来てくれ」
そして、カーペットの道のゴール直前にセルリアがいる。セルリアはアリエノールの使い魔のリムリクと並んでいた。
「お二人とも、お似合いですわ」
「これからもよろしく、セルリア」「使い魔として、フランツを支えてやってくれ」
俺とアリエノールはセルリアに頭を下げる。
こういう行事はちゃんとやるべきだからな。
「はい♪ 夜の生活も含めて支えますわ♪」
その言葉はあながち冗談じゃないんだよな……。
アリエノールが「よろしくお願いします」ともう一度頭を下げていた。顔はすごく赤かったけど。
「私もセルリアがいることは知っていて、お前と結婚することを同意したのだ……。それは許す……。あと、サバトにサキュバスがいるほうがいいこともあるしな……」
「ご、ご理解感謝する……」
俺とアリエノールはぼそぼそと囁き合う。
案外、今後も俺の(夜の)生活は何も変わらない気がする。
そして、カーペットの終点に、俺とアリエノールの結婚の儀を執り行う偉大な魔族がいる。
ケルベロスのケルケル社長だ。
そう、社長のこの役をお願いしていた。
「フランツさん、黒魔法使いとして、同じく黒魔法使いのアリエノールさんを支えていくことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「アリエノールさんもフランツさんとともに生きていくことを誓いますか?」「誓います」
「はい、ありがとうございます」
ゆっくりと笑顔で社長はうなずいた。
「それでは、その契約の証として、キスをお願いいたします」
俺とアリエノールはお互いに向かい合う。
これからはアリエノールも、新しくできる子供も、幸せにしていくぞ。
アリエノール、よろしく。
黒魔法使い同士の誓いにしては、そのキスはずいぶん神聖なものに感じた。
◆終わり◆
今回で「若者の黒魔法離れ」は最終回となります。本当に長い間、長い間、ありがとうございました! やれるお仕事ネタはほぼやり尽くしたかなと思います。ダッシュエックス文庫の最終巻は来年の早い時期に出せればいいなと思っております!
あと、コミカライズは基本的にずっと続きます。原作ストックだけでも10数冊分ぐらいありますし、言える範囲で言いますと、コミックのほうが一種のエロ漫画となっていまして、電子書籍がとんでもなく売れております。
とにかく、今後はコミカライズのほうでお楽しみいただければ幸いです!




