334 アリエノールからの誘い
朝、俺は庭でセルリアと灰色魔法の練習をやっていた。
庭にはレアな魔法陣が描かれている。おそらく、よほど魔法に詳しい魔法使いが見ないかぎり、でたらめな落書きだと思うだろう。
「あなた、上手くいきそうですわ!」
「うん、俺もなんかそんな気がする!」
最後に俺とセルリアが手を合わせると――
魔法陣から光が現れた。
成功した!
その光と同時に、心が陽だまりで眠りこけているような穏やかな気持ちに覆われる。
そして、俺の頭の中にこんな文字が出てくる。
===
灰色魔法
・平安のシェア
・痛みのシェア
・心のシェア
===
「心のシェア」という単語が今までのものから増えている。
「ああ、これがあなたの心ですのね」
セルリアのそんなつぶやきが聞こえた。
おそらく、セルリアも俺と似た気分になってるのだろう。
「ところで……セルリア、俺の心ってどんなのなのかな……?」
新しく魔法が習得できたとはいえ、俺のほうでは具体的にセルリアの考えが読めたりするわけじゃない。どうやら、相手の心が事細かにわかるということじゃないらしい。
「深い、深い愛を感じますわ」
にこやかにセルリアが言ってくれたので、ほっとした。
でも、そのあとにセルリアはいたずらっぽい表情になった。
「ただ、いろんな方々に深い愛が向いていますわね♪」
「うっ……。そ、そうか……」
心当たりがありすぎるので、俺は言葉に困る。
黒魔法使いだからとはいえ、その……たくさんの関係があったからな……。
「別に気まずいと思わなくてもいいですわ。わたくしもサキュバスなわけですし」
「セルリアがそう言ってくれるのはわかってるんだけど、それに甘えている気もするんだよな」
俺とセルリアがそんな話をしているところに、朝日を浴びながら何かが飛んでいるのが見えた。ハトでも飛んでいるのだろうか。
いや、違う。このシルエットはカラスだし、しかも――
「リムリクだ! アリエノールの使い魔のリムリクだ!」
リムリクは俺たちの前に降りてきた。
その口には手紙らしきものがくわえられている。
「アリエノールさんからのご連絡ですかしら」
「そうみたいだな。とにかく、受け取ろう」
俺がしゃがんで、手を伸ばすと、リムリクは口を開いて、手紙を俺の手に載せた。
「ハイタツ、ハイタツー」
リムリクとしても、俺がちゃんと内容を確認したという旨を主人に伝えたいだろうし、ここで開封しよう。
手紙の内容は、とてもシンプルなものだった。
今度の休日に、王都のとあるレストランに来てほしい。使い魔は連れてきてもいい――と書いてある。
内容にセルリアが含まれているから、セルリアにも読んでもらった。
「本当にわたくしも来ていいのでしょうか? アリエノールさんは二人きりでデートがしたいんじゃありません?」
優しいセルリアはすぐに一歩引こうとする。
「いや、逆に考えよう。わざわざセルリアが来ていいって書いてるってことは、セルリアが来ないといけないことなんだと思う」
静かにリムリクが待っている。俺の返事を聞くまでが仕事なのだろう。
「リムリク、たしかに承知したとアリエノールに伝えてくれ。セルリアもうかがうよ」
「ワカッタ、ワカッター」
リムリクはそう答えると、ばたばたと飛んでいった。
「いったい、何なんでしょうね?」
セルリアもまだ結論が出てないらしい。そういえば、「心のシェア」の効果はいつのまにか終わっていた。レアな魔法だけど、そんなに使いどころはないな。
「本人に会えるんだし、その時に聞こう」
案外、また店の相談だったりするんじゃないか。たとえば、サキュバスをバイトで雇うことになったけど、何かあれば事前に教えてくれとか。
●
その日はあっさりとやってきた。
俺もドレスコードを意識したような正装で、そのレストランに行った。
セルリアもいつもの格好ではなくて、露出度が高いドレスといったところで落ち着いている。たしかにセレブが着るドレスにもやけにスリット入ってるのとか、胸を強調したのとか、肩が出まくってるのとかあるしな。
「王都のレストランでも、かなり立派なところですわね」
「だな。場所も一等地だし」
そこは目抜き通りから一本奥に入った、高級店が並ぶ通りだった。貴族がお忍びで訪れるような店もいくつもあるという噂だ。
店に入って、店員にアリエノールという名前で予約が入ってないかと尋ねると、奥の個室に案内された。
個室のドアを開けると、黒いドレス姿のアリエノールがいた。
「おお、よく来たな、フランツ。それと、セルリア。さあ、か、かけるがいい」
少し、アリエノールは緊張している。それは顔を見れば、すぐにわかる。口元がぴくぴくしている。
とはいえ、まだ謎だ。だって、これだけの高級店を使えば、平常心でいられないほうが普通だろう。自分で店を経営しているアリエノールなら、一般の客以外の視線でも観察したくなるだろうし。
「うん、お招きいただきありがとうな」
俺もセルリアも席に座る。
コースは事前に注文されていたらしく、俺たちは世間話をしながら、高級店の味を楽しんだ。
なんだろう、本当に会食だけなのか? それにしてはグレードが高すぎる。
「なあ、アリエノール、いったい、今日は――」
「待て」
アリエノールが手を伸ばして、俺の言葉を制した。
「この店の味をしっかり舌で覚えたい。メインの肉料理を食べてから、話をする!」
「…………うん、わかった」
そこは妥協しないんだな……。
で、メインの肉料理を半分ほど食べたところで、アリエノールはフォークとナイフを置いた。
「フランツよ、よく聞くがいい」
「ああ、いったい何だ?」
アリエノールの表情を見るだに、真面目な話なのはわかるが、どの系統の話かはまだわからない。
だが、アリエノールはそこで、顔をやけに赤くした。
「あ、赤ちゃんが……できた……」
フライングになるかもしれませんが、先にお伝えしておきます。今回からの新章何話かで、本作完結いたします。お仕事ネタもほぼほぼやれるものはやり尽くしたので、このあたりでフランツたちに円満に新生活に移行させようと思いました。まだ数話続きます。もしよろしければ、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。




