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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
そのマナーは本当か編

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333 後輩の初めて

 俺はちょっと面白いと思った。

 恐ろしい魔法だけど、結局は悪意のあるウソをしないと考えさせる、無難な落としどころにしているのが社長らしい。


 とんでもない魔法を使っても社長は、やっぱり善人なんだ。

 そこが善人でなかったら、誰もついてこなかっただろう。


 ちょうど、社長がいないし、聞きやすいなと思った。

「あのさ、ゲルゲル、社長って何者なんだ?」

「社長だワン」


「違う。そういう意味じゃない」

「ケルベロスという魔族だワン」

「いや、そういう意味でもないんだ……。どんな過去があったんだ?」


 俺は社長の過去を詳しくは知らない。せいぜい、断片的な情報を聞いたことがあるだけだ。それも会社員として苦労したというタイプの話に寄っていた気がする。


 と、そこに足音がして、はっとして後ろを振り返った。

 社長が戻ってきていた。

「目立たないように、空いているトイレの中で自分を復元してきました」

 いろいろと器用なことができるらしい。しかし、これで社長の過去について聞くのは中断するしかなくなった。


「私がどんな生き方をしてたか気になりますか?」

 逆に社長のほうから尋ねられた。


「それが気にならない社員なんていないと思います」

「隠してるわけじゃなくて、本当に何も話すようなことがないから話してないだけなんですよ」

 社長は尻尾を振りながら苦笑した。


「間違いないのは、才能がないっていろんな人たちから諦められたり、見捨てられたりしてた期間が長かったな~ということですね。物覚えも悪かったですしね。あれ、信じてませんね?」

 顔に出てしまっていたらしい。

「だって、今の社長を見て、そうだったんだとは思えませんよ」

 確実に並みの魔族の実力はしのいでいるだろう。


「生まれた時はとても小さくて弱々しい生き物が、そのうち大きく育つということもあるんです」

 社長は自分の席についた。本当にトイレから戻ってきただけというぐらいに落ち着いていた。


「物覚えが悪いほうが、かえって伸びるケースがあったということです。でも、願って物覚えが悪く生まれる人はいませんし、どうせならもっと早く成長したかったですけどね。ダメだったら、ダメなりにやるしかないので私はやりました。物になるのに嫌というほど時間がかかりましたよ」

「俺も社長ぐらい立派な黒魔法使いになれますか?」


「むしろ、なってくれないと困ります。フランツさんには素質がありますからね」

 シスコンの先祖の血か……。


「できるだけ、善処します。あと、この黒魔法もまた教えてもらえますか?」

「はい。喜んで! でも、すっごくややこしくて、投げ出したくなりますよ?」

 だろうな……。あの魔法陣を見れば、察しがつく。


「それでもやります。社員としてというより、黒魔法使いとして、もっと上にいきたいんです」

 使い魔としてセルリアがいて恥ずかしくないほどの魔法使いになりたい。

 素朴に、そう思った。


「わかりました。まあ、少しずつやっていきましょう。お仕事のうえでは必要ない、変な魔法も多いんですが、それも含めて黒魔法ですしね」

 そうだ、一つ聞いておかないといけないことがあった。もっとも、だいたい答えはわかっているとも言えるのだが。


「マナー講師たちはどうなったんですか?」

「彼らなりに改心してくれるはずです」



 後日、出社すると、研修を受けた俺の机に「お詫びと訂正」という分厚い冊子が置いてあった。

 ムーヤンちゃんも同じものを読んでいる。


「先輩、おはようございます。なんか、これまでのマナーに不適切なものが多く含まれていたので、それを訂正したものを受講者に配布してるとかで……。朝イチで郵送されてきました」

 ああ、改心してくれたのか。


 人にマナーを広める立場の人が、少なくとも意図的に変なマナーを作ってやろうとしないだけでも、社会はマシになるだろう。本来マナーっていうのは社会を円滑に進めるためのもののはずだし。

 セルリアも冊子を開いて、「立派な内容になっていますわ」と言っていた。うん、一件落着だな。


 でも、セルリアが読んでいる冊子の下にも何か紙が置いてある。どうも、置き手紙のようだ。

 これは何だろうと思って開いたら、トトト先輩からだった。

 ムーヤンちゃんのフォローについて話し合いたいから一人で残っておいてくれと書いてある。これは断れない。


 夕方になると、定時の少し前にトトト先輩が天翔号に乗ってやってきた。

「フランツ君、いてくれたね。じゃあ、後で軽く話をしよっか」

「別にどこかの店でごはん食べながら話してもいいですけどね」


「それだと、ワタシが酔っ払うから無理なの」

 酒を飲まないという選択肢はないのか……。


 トトト先輩は俺に顔を近づけて言った。

「まっ、大丈夫。おおかたのことはワタシがすでにムーヤンちゃんと話し合って、理解してもらってるから」

「なるほど。女性同士のほうがそのあたりは話しやすいですもんね。けど……じゃあ、俺の必要ってすでにないんじゃ……」


「いやいや、そこは、ほら……フランツ君も当事者だから」

 まあ、話を聞かずに帰りますというわけにもいかないので、俺はトトト先輩と残った。


 トトト先輩はマナー講師が過去の変なマナーについて謝罪した件を聞いて、爽快だと言っていた。

「よかったわね。ついでに人前で下着だとダメってマナーも廃止してくれないかしら」

「それは先輩のほうに問題があります!」

 ビジネスマナー以前の問題だぞ。


「それで、ムーヤンちゃんの話なんですが……」

 もう、みんな帰ってるし問題ないだろう。

「ああ、うん。あっちの部屋に来て」

 そのまま、引っ張られて、ほぼ裸のムーヤンちゃんがいた部屋へと連れていかれる。わざわざいわくつきの部屋にしなくても……。あるいは、トトト先輩は部屋の場所までは聞いてないのか?


 部屋の中には下着姿のムーヤンちゃんがいた。


 なんだ、このデジャヴみたいな展開は……。

 ムーヤンちゃんは当たり前だけど、顔を赤らめている。それが普通の反応だろう。


「あのね、ムーヤンちゃんと話し合ってね、決めたの。もう、ムーヤンちゃんの初めてをフランツ君に上げて、いっそ練習したほうがいいかなって。そのほうが変な男に騙されることも減るかなって」

「トトト先輩、何を言ってるんですか!?」

 どういうアクロバティックな論理展開でそうなったんだ?


「あの……先輩……わたしも先輩のことに何も興味がなかったら、あんなことできませんでしたし……自分の気持ちに正直になろうかなって……」

 ムーヤンちゃんはうつむきながら、顔をさらに赤くしてぼそぼそとしぼり出すように言った。


 トトト先輩が俺の背中を押した。

「そういうこと。ここはしっかり、やることをやって。ちゃんとワタシがムーヤンちゃんの横で教えるし」

 つまり、トトト先輩もいるということか……。ある種、そっちのほうは些細な問題かもしれないけど。


「確認しないわけにはいかないから聞きますけど、俺でいいんですね?」

「それはムーヤンちゃんに聞いてよ」

 それもそうか……。

 俺はムーヤンちゃんのほうに向きなおる。


「ムーヤンちゃん、初めては俺でいいの……?」

 自分で口にするのも落ち着かない言葉だ。


「は、はい!」

 目を閉じながらムーヤンちゃんがうなずいた。


 そのあと、トトト先輩の指導のもと、ムーヤンちゃんの初めてを……ええと、もらうことになった。

「ほら、楽にして。はい、受け入れて。大丈夫。怖くないから。ねっ?」

 ムーヤンちゃんの後ろにいるトトト先輩のことがすっごく気になるけど、正しい方法がわかるというのは、大事なことかもしれない。


 なにせセルリアはその道のプロなわけだし……。

 それを当たり前にしちゃってると、いろんな弊害があってもおかしくはないのだ。


 すべて終わったあと、ムーヤンちゃんにベッドの上で抱きつかれた。

「先輩、ありがとうございました……」

「うん、疲れてるだろうし、このまま横になって休んでて……」


 まさか、ムーヤンちゃんとまでこういうことになるとは考えてなかった。


 後日、怖くなってマナー講師の訂正した資料を確認した。

 さすがに「後輩は先輩社員に初めてを捧げること」なんてものは書いてなくて、安堵した。


不必要なマナー編はこれでおしまいです! 次回から新展開となります!

そして、ちょうど本日ニコニコ静画でコミカライズ最新話が更新になりました! こちらもよろしくお願いいたします!

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