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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
そのマナーは本当か編

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329 難しいマナー問題

 社長にしてはあまり見ない、煮え切らない態度だ。少なくとも、「ありますよ」とか「ないです」といった回答ではない。

 理由を説明するのがタブーになってるようなマナーなのか? でも、そんないわくつきのマナーなら、余計にどこかで聞いたりしそうではある。


「まず確実なのは、古い資料を当たっても、そんな根拠みたいなものは出てきません。だいたいビジネスマナーが人間社会でできたのって、たいした歴史もありませんし。貴族と商人の交渉がだんだんと降りてきたようなものです」

「じゃあ、ないってわけね。それがわかればいいわ。お茶を出されてもごくごく飲むわね」


 多分、トトト先輩の場合、そんなマナーを気にする奴がいたら、お茶を飲もうが飲むまいが、ほかのところで引っかかる気がする。たとえば服装の露出度とか。

 今日はいつもよりシースルーの服を一枚多目に着てたから余所行きということなんだろう。それでも、露出が強めだ。


「いつからはじまったことかも定かではないんですが、ある時期からそんな謎マナーを言い出す人が増えたんですよね。それを信じだしてる世代の人もいるんで、その点では迷惑ですよね。今回のマナー講師の人は信じてる人でしたか」


 社長は犬耳をかいていた。

 困ったなという顔をしている。社長も研修の講師の経歴まで完全にチェックできるわけないし、今回ハズレだったのはしょうがない。


「じゃあ、今回のマナー講師はデタラメなことを言いまくってる詐欺師ってわけね」

 トトト先輩は天翔号で襲撃に行きそうなほど、むっとしている。


「誠実に資料に当たっていけば、そうなります。ですが、ビジネスに限らず、マナーって明確な起源や理由がわからないほうが多いんですよ。だから、根拠があるかないかで判断するわけにもいかないんですよね。ちょっとお待ちください」

 社長は社長室を出て、階段を下りていった。

 多分だけど、あれは地下の書庫にでも行ったんじゃないか。


 俺の読みは当たった。

 社長が持ってきた本には昔の食卓みたいなイラストが描いてある。


「はい、これは二千五百年前の人間社会の食事風景です。貴族の方はどんなふうにごはんを食べたでしょう」

「どんなふうにって、スプーンとナイフとそれとフォークで食べたんじゃないですか?」


 社長は首を横に振った。

「基本、すべて手づかみです。この時代は貴族でもそうでした。フォークはまったく発明されてません。どうやら、スープも手で食べたとか」


「なかなかワイルドですわね……」

 魔族のセルリアは言葉を選んだようだけど、はしたないと内心思っているんじゃないか。俺もそう思ってるぐらいだ。


「無論、今の時代、貴族が手づかみで食べたら変な目で見られます。場合によっては精神に影響する魔法をかけられたと疑われたり、座敷牢に入れられたりするかもしれませんね。こんなふうに、テーブルマナーというものも謎が多いんです」


 社長が開いた別のページには上流階級の食事中における作法が事細かに書いてある。


「言葉が強いですけど、テーブルマナーからして、ある時代に捏造ねつぞうされたと言えなくもないんです。でも、いつのまにか社会の規範になっているんですね」


 社長の言いたいことも、困った顔になってる理由もわかった。

「根拠だけを求めるわけにもいかない。でも、変なマナーが増えると面倒だってことですね?」


「そういうことです。お茶を飲むかどうかみたいな、中途半端に流布している俗説は一番タチが悪いです。それこそトトトさんのように飲まないほうが失礼だと相手が考えてるかもしれないでしょう? どっちもマイナスイメージを与えるリスクがあるんじゃやってられません」


 そのとおりだ。

 いわば流派によって失礼の基準が真逆ということがありうるわけだ。これじゃ、営業でいろんな会社に回る人はやってられないだろう。


「今回の講師の人は無邪気に自分の聞いたマナーを信じてらっしゃるのかもしれませんが、あんまりルールのように固くとらえるのはやめてほしくはありますね。人と人のコミュニケーションは暗記テストではないのですから。ちょっと、ズレていても明らかに誠意があるとわかればいいわけです」

 セルリアもこくこくとうなずいていた。社長言葉はやっぱり説得力がある。


 このマナーをミスしたからダメだとか機械的に判断される場が増えても、社会が息苦しくなるだけで、誰も得などしない。

 …………あれ?

 本当に誰も得をしないんだろうか?


「もう、いっそいろんな会社を調査しまくって、現代社会におけるマナーの基準を決めてほしいものですね。しかし、そういうことはマナー講師の人たちは決してやろうとしないですし」

 そこに社長の表情に明確に抗議の意志のようなものが浮かんだ。


「あの、それはなぜですか?」

「明確すぎる基準ができてしまうと、商売ができなくなるからです。ルールブックにあることを覚えればいいだけということになれば、マナー講師という『プロ』の研修はいらないでしょう? 会社の先輩にでも聞けばいいのです」


 ああ、マナーが増えれば増えるほど得をするのは、マナー講師そのものなのか。

 そのマナーの基準を自分たちが管理していれば、それを教える場が生まれるわけだ。


「言っておきますが、まともなマナー講師の人もいますよ。ヴァンパイアのエンターヤさんのお友達のマナー講師の方は、研修でも接客対応を中心にやって、そんな○×問題みたいなことはやりません」

「そりゃ、マナーって相手と快く応対するためのものですもんね」


「ですよ。ま~、今回のマナー講師の人がまともな接客術も教えていることに期待しましょう。ムーヤンさんも受講してますからね」


 そこにゲルゲルが口にスケジュール表をくわえてやってきた。

「明日もムーヤンちゃんは接客研修が入ってるワン」

 うわあ、長丁場だな……。


「あの子が変なマナーを言い出さなきゃいいけど」

 トトト先輩はため息をついていた。

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