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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
そのマナーは本当か編

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326 ムーヤンちゃんの研修

今回から新展開です、よろしくお願いいたします!

 その日の仕事は、会社に近いところでのものだったので、夕方に一度会社に戻ってきた。

「あっ、天翔号が止まってますから、トトト先輩がいらっしゃいますわね」

 さっとセルリアがドラゴンスケルトンを見つけた。厳密には似たドラゴンスケルトンの可能性もなくはないが(骨だけだから区別がけっこう難しい)、そんな偶然はまずないだろう。


「ということは、荷運びでこっちに寄ったのかな。この時間だと、お酒に誘われそう……」

 別に誘われてもいいんだけど、あんまりグダマル博士を残しておくのもよくないからな。博士はナイトメアと離れたくないのか、基本的に家の中で研究をしている。


 会社に入ると、予想通り、トトト先輩がいた。

「フランツ君、お疲れ様ー。今日の仕事はどうだった?」

「はい、ぼちぼちやってます」


 トトト先輩が座っていた席はとくに誰のものでもない、フリースペースみたいなところだ。職業柄、外仕事が圧倒的に多いので、デスクワークの位置があいまいだったりする。

 ただ、その横の席は珍しく主が決まってるんだけど、その主がいない。


「あれ、ムーヤンちゃん、早退しました?」

 朝に来た時はいたはずだからな。

 ムーヤンちゃんは事務担当のこの会社唯一の魔法使いでない社員だ。いつも堅実に仕事をこなしているイメージがある。


「そういや、いないね。もしかして風邪? ムーヤンちゃんがいないとワタシのほうに事務仕事の一部が戻ってくるじゃん。丁重にお見舞いに行かないと……」

 トトト先輩とファーフィスターニャ先輩はどっちもあまり事務仕事が好きではないので、その一部を代行してくれる立場のムーヤンちゃんをなかば崇めていた。

 少人数制だと、どうしても最低限の事務作業は外仕事が多くても振ってくる。それをムーヤンちゃんが専門的に請け負ってくれているというわけだ。


「とくに体調を悪そうにしていたわけでもないですけど。社長に聞けばわかるんじゃないですか」

 どのみち社長室に入って、戻ってきたことを告げないといけないのだ。


 と、その後ろから足音が聞こえてきた。

 ムーヤンちゃんが後ろに立っていた。バッグを肩にかけているので、どうやら外に行っていたらしい。

 ぴしっとムーヤンちゃんは直立不動の姿勢になった。なんだ? 緊張するような要素なんて何もないと思うけど。


「ただいま、ムーヤン・サルフェンド、研修より戻りましたっ!」

 やけに大きな声が会社に響いた。セルリアがぽかんとした顔をしている。


「何、何? 今、はやってるギャグ? それとも軍人の友達がいたりして、その影響とか?」

 トトト先輩が席を立って、喰いついてきた。気になるものは首を突っ込む性格だ。


「いえ、そういうわけではありません。礼儀正しくしようとしただけですから……」

 ムーヤンちゃんの表情がいつもの少し弱々しいものに戻った。トトト先輩がギャグかなと言っていたのは案外当たってるのかも。急なイメージチェンジがギャグに見えたということはある。


 とはいえ、ムーヤンちゃんがいなかった理由ははっきりした。研修か。そりゃ、いなくて当然だ。

 その声は社長室にも聞こえていたらしく、ケルケル社長が出てきた。


「お疲れ様でした。それじゃ、復命書に名前だけ書いておいてくださいね」

 また、ムーヤンちゃんがぴしっと直立不動の姿勢になる。

「いえ、そこは手抜きをせずに四百字詰め原稿用紙二枚以上書きたいと思います」

「なんだか、感想文みたいですね~。そんなに書かなくていいですよ」


「ですが、そこで気持ちをぶつけることが……その……大事かなと……。これまでわたしはガッツというものがなかったかなと……」

 また、弱々しい表情に戻った。やっぱり、変に硬質なキャラは板についてないな。別にそんなキャラにならなくていい。おそらく誰も求めてないし、ここは士官学校じゃないのだ。


「ところでムーヤンさんが行った研修って何なんですの? 黒魔法に関するものではありませんわよね?」

 セルリアが素朴な疑問をぶつけた。そう、俺も気になっていた。


 ムーヤンちゃんは魔法使いではないので、魔法に関する研修ではない。

 もっとも、魔法を扱う会社の魔法使いではない社員用の研修なんてものがあってもおかしくはないけど。大きな会社なら社員すべてが魔法使いというほうが特殊のはずだ。


「わたしが行ったのは『新社会人のための社会人基本講座』というものです」

 ムーヤンちゃんが言った。

「なるほど~。それならちょうど合っていますわね」

 ムーヤンちゃんはここが最初に働く会社だし、そういう研修を受けるのは自然だ。まあ、俺も大差ないけど、魔法使いだから専門職と言えば専門職なんだよな。


 社長がにっこりムーヤンちゃんに微笑みかけた。

「ムーヤンさん、どうでしたか? 有意義なものになりましたでしょうか?」

「は、はい! 傾聴に値する事柄がたくさんありましたっ!」

 思い出したように直立不動になるな。


「あ、そうです、そうです」

 ムーヤンちゃんは何か思い出したらしく、バッグからチラシを出した。

「それで、今度、『若手会社員のための社会人基本講座~今更聞けないアレやコレ~』というのをやるそうです」


 たしかにそう書いている。講師名は王都マナー作法研究所のヘルモンダーという人らしい。

「会場は都心部特別区の大きめの建物か」

「ワタシも行ける日じゃない。じゃあ、フランツ君、一緒に行かない? 帰りにどこか王都のいいお店、教えてよ」

「トトト先輩、王都の中心部に繰り出す理由をつけてるの明白じゃないですか」

 でも、気持ちはわかる。都心部特別区ならオシャレな店も多そうだし。


「あと、先輩、若手会社員じゃな――」

 ぽんとトトト先輩が肩に手を置いた。

 微妙に顔が怖い。


「フランツ君、ワタシは若手よ。余裕の若手。まだまだ若手。そこんところ間違えないように」

「は、はい……」

 ダークエルフでも年齢に関することを言うとタブーになる時があるらしい。


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