323 謎の敵を探せ
そこにさらにレダ先輩とファーフィスターニャ先輩の二人がやってきた。
「ここが『田舎屋』か。なかなかよい店だ」
「たくさん飲みたい。酒に飲まれてもいい」
ファーフィスターニャ先輩のその宣言はどうかと思うが、今夜はほとんど無礼講みたいなものだ。功労者二人にも楽しんでもらおう。
あと、途中、マコリベさんに小声でこんなことを言われた。
「領主様のお勤めになってる会社って、どれだけきれいどころが多いんですか」
「いや、それは偶然っていうか……社長が女性だからじゃないですかね……」
少しやっかまれてるかもしれないので慎重に答えた。
「まるでハーレムじゃないですか。領主様は真面目だからそんな手を出すようなことはしてないと思いますけど、本当にハーレムみたいなことしてたら俺も爆発しろって念じちゃうぐらいですよ」
「ははは……」
そんなことはないと言うとウソをついたみたいになるので、乾いた笑いで乗り切る。
黒魔法使いだからか、かなり業の深い人生を送っている気はする。
だが夜九時頃だっただろうか。
店の扉が勢いよく開いた。
おい、まさかまたギャングがみかじめ料を払えなんて言ってきたんじゃないだろうなと思った。
でも、それとは違うとすぐにわかった。
もっと切迫した空気を肌で感じた。
しかも、なんとベンドローさんがそこに立っていた。
「おお、みんな、ここにいたか……はぁはぁ……」
俺たちを発見すると、途端にベンドローさんは荒い息で扉のあたりでうずくまった。
すぐに俺は駆け寄った。
「ベンドローさん、病気ですか? いや、病気なら王都まで来るわけないか……」
「ああ、歳じゃがまだまだ元気じゃ。憎まれっ子世にはばかるという奴でな。憎まれまくっていたから八十前でも王都を走ってまわるぐらいの体力はあったわ」
肯定しづらいジョークだ。でも、通常の七十八歳の体力でないというのはわかる。王都に来るだけでくたくたになりそうなものなのに走っていたというのだから。
「それで何の用ですか?」
「早期に見習いで来ていた一人が森で襲撃されて足にケガをした。書類を作っている時間がもったいないのでワシ本人が来た」
襲撃……。聞き捨てならない言葉だ。
「それってシカに……?」
「大角黒ジカではない。奴らを狩る練習中ではあったがな」
ああ、ベンドローさんは高齢だが、若い角細工の職人はシカを自分で狩る時もあるのだ。
「透明な刃物らしきものが足に飛んできたと言っておった。シカは飛び道具など使えんから間違いようはないわ」
気づくと、レダ先輩が俺の真横に立っていた。
「その魔法は白魔法の攻撃用のものと推測される。『正義の短剣』という魔法がそれに近いな」
「レダ先輩、得体の知れない者がいるっておっしゃってましたよね」
「うむ。意図も目的もわからぬが、何かが森にいるようだ」
あれ? 俺も何かに見られていたような……。
「レダ先輩、俺も嫌な感覚はありました……」
「同じ犯人か同じ組織であろうな。ただ、何が目的であろう?」
レダ先輩は左手をくちびるに当てて思案する。
「ただの愉快犯? いや、白魔法『正義の短剣』は自分の行為を正義を考えていないと使えないはず。だいたい、効率が悪すぎる」
「シカを狙ったつもりが見習いの人に当たったとか?」
「フランツ殿、悪いがおぬしは人を性善説で見すぎている。悪を成す者はどこにでもいる。敵意を人間に向けてきている者がいたのは確実なり」
うん、悲しいが、レダ先輩の意見が正しいのだろう。
「フランツ殿、もう一度ファントランドに向かったほうがよさそうだ。少なくとも拙者は向かう」
「俺も行きます」
これは自分の領地にも関係することだ。
黙っているわけにはいかない。
せっかく回りだした歯車を止められてたまるか。
●
ファントランド付近には、俺、レダ先輩の二人で入った。
森での張り込みが中心になる。ファーフィスターニャ先輩はあまり得意な仕事でもないし、先輩には先輩の仕事がある。
逆に言うと、レダ先輩はライター仕事が中心なので融通が利くらしい。義賊もやるわけだから、融通が利かないと動けないよな。
俺はセルリアとメアリに管理業務をやってもらうことにした。俺も自由が利きやすい部類ではある。
出発した日の夕方に到着した俺とレダ先輩だが、すぐには先輩は何も動かなかった。
そして、完全に夜になってからレダ先輩は動きだした。
「フランツ殿、夜目にはもう慣れたか?」
「さっきから、田舎の暗闇を歩いたのでそれなりには」
「では、森に入る」
颯爽とレダ先輩は進んでいく。
はっきり言って俺が参加する意味がどれだけあるかわからない。自分が作った企画だからという義務感で来たようなものだ。
あと、レダ先輩の活躍を見たかったというのもある。
「あの、どうして夜にやるんですか?」
小声で俺は尋ねる。犯人に気づかれないようにという意図もあるが、そもそも森は静かだし、声はよく通るのだ。
「見習いの人が狙われたのは昼だ。人を害するのが目的なら夜に張り込む必要はない。夜はほかのところに行っていると推測される」
「あれ? じゃあ、犯人は見つけられないんじゃ……」
「昼に待機している痕跡があるやもしれん。それを見つけ出す」
山の中の道なき道を音もなく、レダ先輩は駆け上がっていく。
やはりとんでもない運動能力だ……。レダ先輩に置いていかれると、本当に遭難しかねないので俺も全力で離されないように動いた。
自分からやると決めたこととはいえ、特殊な仕事をやっている。
そしてレダ先輩の足がある場所でぴたりと止まった。
「ここだ。布が入っているの、フランツ殿もわかるか?」
それは朽ちかけた大木の虚だった。
中に白い布が敷いてあるのを俺も確認した。ほかにも何か入っている。
「本? 分厚い小説ですね。隠者の生活……?」
目的がよくわからなくて混乱する。
「違う。それは暇つぶしのためのものだ。あと、決定的なものがあった」
レダ先輩は魔法使い用の杖を虚から見つけだした。




