322 復命書提出
俺たちは当初の目的を終えて、王都のネクログランド黒魔法社に戻った。
先輩二人と俺は社長の部屋に入った。これからの話もある。
「はい、社長、復命書です」
「別にそんなのまで作らなくてもいいですけどね。少人数の会社ですし。それよりもトトトさんはドブロンをお土産にしたら喜びそうですね」
社長はこのあたり、ゆるいので助かる。
「ちゃんとお土産も買ってきました」
ドヤ顔でファーフィスターニャ先輩が高級ドブロンを出して見せていた。
「それで首尾はどうですか? 顔を見たかぎりだと、なかなかよさそうですね」
「はい。でも、第一段階ですけどね」
俺たちは状況を報告した。とくにベンドローさんが心を入れ替えた(?)ことに関しては、当事者であるレダ先輩に伝えてもらうほうがいいだろう。俺もいまだによくわかっていないところがある。
「ほほ~。やっぱり十字傷のレダと呼ばれているだけのことはありますね~」
「社長、ベンドロー殿は退治せねばならぬような悪ではなかった。こらしめはしたが」
「普通の人はこらしめたりしませんから」
まったくだ……。変な人だと思った時点で通常は避けておしまいだものな。そこで関わりを持つのは終了になる。
「正直言って、これまで対峙した悪党の中にはもっと厄介な者は腐るほどいた。ベンドロー殿程度なら小粒も小粒。説得できる自信もあった」
俺は心の底からレダ先輩を連れていってよかったと思った。
もし、トトト先輩とメアリなんて人選だったら純粋な闘争に発展していた可能性が高い。その二人だと、人選の段階で悪意があるだろと言われそうだけど。
「あと、ベンドロー殿と地元集落の和解も拙者が間に立って行うことができた。それですぐに解決するほど単純なものではないかもしれぬが、集落の面子を守れたことはよかったとは思う」
そう、あのあと、集落の顔役とベンドローさんを会わせるということをレダ先輩はやったのだ。たしかに集落と敵対したまま、計画を進めるのもやりづらいので重要なことだった。
先輩が言うようにいろんな想いがお互いにあるだろうけど、手打ち式をしないよりはずっといい。
「レダさんはそういった気配りは上手いですねえ。感心しますよ」
「悪党ほど面子にはこだわる。それは古い集落も古い人間も近いところがある」
このあたりもレダ先輩の人生経験が生きた結果と言えるだろう。
ここからは事務的な内容だ。
「若手を育てるのもやぶさかではないとベンドローさんはおっしゃってくれています。寮も集落の空き家を改装することになっています」
「いいですねえ。順風満帆じゃないですか。あとは生徒さんを集め――」
「すでに希望者が七人います」
「えっ? それは展開が早くないですか!?」
社長もびっくりしたらしく、尻尾がびんと立った。
「それは後輩君が活躍した」
ファーフィスターニャ先輩が褒めてくれた。
「その地方の芸術学校と王都の芸術学校に書類を持っていきました。彫刻を学んでる生徒の中に希望者がいるみたいです。一番の理由は――収入だと思います」
角細工は伝統工芸として一定の価値を認められている。今後、職人が増えていけば状況も変わるかもしれないが、パトロンも何もないまま彫刻の道で食っていくというのよりはずっと安全な選択肢だ。
「はは~。明日、食べるパンもどうなるかわからない貧乏芸術家になるかもしれないことと比べれば、かなり安定していますものね。若い人の職にもつながるならなおさらいいと思いますよ」
社長も高評価を与えてくれた。
俺が社長から職をもらえたように、若い世代に俺が職を与えるような役割を果たせたらいい循環になる。そこまで意識高いことを考えてやったわけじゃないけど。
まさに経済と同じで、田舎の地域社会も循環が大事なんだ。
その循環が途切れた結果、大角黒ジカが増えすぎることにつながった。
輪を作りなおす。今ならまだ間に合うことだ。
「もう、シカ問題は解決したも同然ですね。フランツさん、お見事です!」
俺もやるべきことはやれたと思った。
うん、一件落着!
しかし、レダ先輩が何か浮かない顔をしていた。
「あの……? 何か不安点ってありますか?」
むしろ、あのベンドローさんが何人も教えることになるわけだし、不安はなきゃおかしいのだ。
レダ先輩とファーフィスターニャ先輩の協力も交えて、角細工の教本なども作成中だが、それでも昔カタギのところが皆無になるってことはないと思う。
「どうも、あの集落、得体の知れぬ者がいた気がする。直接、害を加えてくることはなかったが」
「それはシカじゃないんですか? 中には警戒心の強いシカもいると思いますし」
「人間だったと思う。シカを狙う猟師ならばよいが。まあ、猟師を狩るのが仕事の者などおらぬか」
レダ先輩はなんとも気味の悪いことを言った。
猟師ハンターなんて職業はないと信じたい。裏社会でもそんなものはないだろう。
「何かあれば、また動くであろう。それがないならゆっくりしていればいい」
俺の大きな仕事は終わったと考えていいようだ。
●
俺はセルリア、メアリ、グダマル博士とで『田舎屋』に行った。
今日は自分で言うのもなんだけど俺のお疲れ様会と言っていい。
「ご主人様おめでとうございますわ~!」「フランツ、よくやったね」「見事な成果だ、フランツ!」
家族で乾杯をする。こう、文句のない功績で褒めてもらえるというのはいいものだ。
「みんな、ありがとう。あとはシカ被害が減ってくれればいいんだけど、それがわかるのはもっとずっと先だから気長に待つよ」
料理がたくさん載った皿を持ってホワホワとマコリベさんがやってきた。
「領主様、今日はおごりです。好きなだけ食べて飲んでください!」
「フランツ、いい顔をしてるがうがうー」
「いや、お金は払いますよ。せめて、シカの数が減ってるってデータが出てからおごってください……」
ファントランドの問題解決にはまだなってないんだし。
「そんなケチケチしないでもいいですよ。シカ害が減れば、ファントランドにとってもはるかにプラスになるんですから!」
どんどんお酒を持ってこられた。
メアリが遠慮なく飲みだしているし、ここはおごってもらおうか。
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