317 工房に入門
俺はひとまず、ケルケル社長に事情をすべて話した。
なにせ社員を貸してくださいというプロジェクトなのだ。社長の許可が出なければ何も進まない。
なお、たんなる直談判ではなく、企画書の形で提出して、それを社長の前で説明した。
それが社会人だと思うからだ。情で泣き落としする作戦を何度も使うのも芸がないし……。
「――以上をもちまして、俺のプレゼンを終わります。能力の高い社員の刺激につながり……業務にプラスになる側面もあったりなかったりするかなと……」
理由がこじつけなので、だんだんと自分の言葉の勢いがなくなってくる。どこが弱点か言ってるようなものだな……。
「そうですね~。面白そうだし、いいんじゃないですか?」
にっこり笑顔で社長は言った。
「通った――ということでいいんですかね……?」
問題点の指摘すら何もされてないんだけど。
「はい。上手くいくかはまだ謎ですけど、とくに危険もないので、大丈夫です。どうまずいことになっても誰もケガしないと思いますし」
OKする基準って、ケガをするかどうかなのか……。
あまりにも甘々すぎるからなのか、ボールで遊んでいたゲルゲルがこっちにやってきた。
「ただし、社員個々人の意見の確認がまだだワン。喜ぶにはちょっと早いワン」
「うん、それもわかってる……。もっと言うと、先方のOKももらわないといけないしな」
なにげにハードルの数が多い。しかし、世の中のプロジェクトってこういうものなのかもしれない。とくに会社の外側の人間を巻き込むとなると、途端に大変になるよな。
けれど、結論から言うと、どうにかなった。
天才に天才をぶつける作戦は、少なくとも作戦としては動き出したのだ。
成功するかは神と先方の天才のみぞ知る。
●
肌寒さもいくぶんマシになってきた頃。
俺とファーフィスターニャ先輩、レダ先輩の三人は最後の角細工職人ベンドローさんの工房を訪ねた。
といっても、隣の集落とはとても言えない山中にあったので、工房に着くのにも時間がかかった……。門を通って、山の中の石段をさっきから百五十段ぐらい上っているが、いまだに到着しない。
「遠い……。でも、運動は美容にいい……。頑張る……。美魔女として努力……」
「ファーフィスターニャ先輩、けっこうな歳でしたもんね……」
もはや、運動量がどうとかって年齢じゃなくて、魔法でどうにかしてる次元だと思うけど。
俺とファーフィスターニャ先輩は体力的には同じぐらいなのか、石段でへばってきた。
一方、レダ先輩はさすが義賊だけあって、涼しい顔をしている。汗一つかいていない。
「なつかしい。拙者もこういったところで修行したものだ」
「あの、レダ先輩、変な企画を提案して申し訳ないです。ファーフィスターニャ先輩もありがとうございます」
この二人の先輩が参加を許諾してくれなかったら何もはじまらなかった。
「いやいや、そんなことはない。最後の頑固職人ということだろう。記事のネタとして悪くない。とくに『最初の○○』とか『最後の○○』といった見出しはインパクトがある」
レダ先輩、ライター仕事の発想でここまで来てるな。とくに問題ないけど。
「わたしも立体の魔法陣の完成度を高めるために彫刻の技術はアリかもと思っていた。後輩君は気にしなくていい」
「俺、いい先輩を持って本当に幸せです」
社会に出て楽しいかどうかって、会社の人間関係が八割ぐらい占める気がするんだよな……。
無論、俺の企画は角細工職人のベンドローさんの見習いということで、先輩二人とともに参加するというものだ。
二人はやる気だけがとりえの人間とはわけが違う。とんでもない技術や能力、ついでに言えばレダ先輩なんて命懸けの人生経験も積んできている。
そういった人をベンドローさんに会わせれば、頑固な職人の心にも変化が起きるかもしれない。
仮に起きなかったとしても……二人の天才がベンドローさんの技術を盗むことはできるんじゃなかろうか。
この場合の盗むというのは、あくまでも「技術は見て盗んで覚えろ」という場合の盗むというやつで、本当に何かを物理的に窃盗するわけではない。
角細工の技術と知識を持つ人間が増えれば、そこから職人を再び増やすことはできる!
そして、五百段ほどの石段を上った先に――
家じゃなくて神殿で見るような分厚い木造の門があった……。
門の両側には筋骨隆々の大男の像が置いてある。背の高さは俺よりずっと上だ。いかめしいにもほどがある……。
「この像、おそらくシカの角を使った寄木細工。複雑に組み合わせて作っている」
淡々とファーフィスターニャ先輩が言った。
「えっ!? どれだけの量のシカを狩ったら作れるんですか……」
「片方作るのに百頭はいるだろうな。いや、もっとか」
マジで職人を増やすのがちょうどいいシカの数の抑制になる気がしてきた。
門をくぐると、ようやく工房があった。
中から「ふんっ! ふんっ!」といかめしい声が聞こえる。もはや、工房というより道場だ。ただ、その声も俺たちの足音に気づいたのか、止まった。
眼光が鋭い、ただ者じゃない老人がやってきた。老人といっても、事前に年齢を聞いているからそうわかるだけで、五十歳台ぐらいに見える。
「ああ、お前らが工房の体験をしたいという者たちじゃな」
歴戦の軍人がいるような緊張感がある。
絶対にこの人がベンドローさんだ。
「は、はい! ネクログラント黒魔法社から来ましたフランツです! こちらがファーフィスターニャ、そちらがレダです。きょ、今日からよろしくお願いいたしますっ!」
小さな声でぼそぼそ言うとこういう人はそれだけでムッとしそうだから大きめの声で言った。
「フランツとやら、声が大きいぞっ! もっと静かにしゃべれっ!」
「は、はい……」
いや、あなたの声のほうがずっと大きかったですよ……。
「まさか、いまだにワシの工房に来たいと言う奴がこの世界に残っておるとはな。大半の連中が一時間ともたずに逃げていったから、出てこんと思っておったが」
どんな教え方をしていたのか逆に興味が湧いてきた……。




