316 後継者がいない
「似た話はほかのところでも聞きますわ。新聞などにもそういった問題は読んだことがあります」
セルリアこれがいかに厄介で根深い課題が把握しているようだ。
酒が入った頭というのもあるけど、すぐには打開策が見つからない。
これで、すぐに打開できたら、世界中の過疎地域を救えるわけで、難しいのは決まってるんだけど。
「少し、外に出て風に当たってきます」
俺は店の外で深呼吸をした。まだまだ夜になると風が冷たい。
こうやって酔いを醒まそう。
と、横に誰かが並んだ気がした。
ホワホワだった。
俺の真似をして深呼吸をしている。
「寒い……。沼の中のほうがあったかいがうがう……」
ホワホワはぶるぶるふるえている。俺は服を一枚かけた。水温のほうが変化が小さいものな。氷が張って生活できないってこともないだろうし。
「ホワホワ、正直実感あまりないがう。ファントランド帰ったけど、沼の暮らしあんまり変わってなかったがう。みんな同じまま」
「ホワホワたち沼トロールにとったら、どうでもいい話かもな。巻き込んだみたいになってたら悪い」
「ホワホワ、なんでこんなことなったかよくわからないがう。マコリベも困ってることしかわからないがうー」
ちょっとホワホワはつまらなそうな顔をしている。自分を加えずに話が進んでるような気持ちになっているのかもしれない。
「マコリベさんもお前を仲間はずれにしようとしてるわけじゃないから許してやってくれ」
「昔はあんなシカ、いなかった。あったかさも寒さも変わってない。なんで出てくるようになったがう?」
ホワホワには過疎化は難しい問題だったか。
「あのな、暮らしが不便でホワホワの故郷のあたりで生活する人間が減ったんだ。それでシカが増えた」
「人間ならずっと昔から減ってた。でも、シカあそこまで増えてなかったがう。わかんないがうがうー!」
ホワホワは頭をぶんぶん振った。
その時、ふっと俺は何かひっかかるものを感じた。
シカが増えてなかっただって?
そういえば、人口が減ると自動的にシカが増えるか? そういう側面もあるかもしれないけど、そこまでシカを地域で食べまくってたなら、もっと早くシカがいなくなったりしないか? あれだけ大きいシカだ。食べるために追いたてたらいなくなりそうなものだ。
シカの数を規定するのは人の数だけじゃない。それ以外の要因がある。
そもそも、これはファントランドの問題じゃなかったはずなんだ。ファントランドの外部の循環が正常に行われなくなったせいだ。
だったら、それを正常に戻せば状況が改善する可能性はある。
「ありがとう、ホワホワ。俺、少しわかったよ」
ぽんとホワホワの頭に手を置いた。
「ホワホワ、フランツに何かしたがう?」
不思議そうな顔をしているホワホワの手を引いた。
「もう、戻ろう。あんまり外で休憩してると風邪ひいちゃうしな」
俺はつかつかとみんなのテーブルのほうに戻っていった。
「あら、ご主人様、賢者みたいな凛々しい顔ですわね」
「セルリア、その発言、俺がいかがわしいことしてたみたいに聞こえるぞ……」
俺はマコリベさんの前に立った。
「領主様、何か案でも出ましたかね……?」
「角細工職人が増えれば、大角黒ジカの数はまた減っていくと思います。シカが増えすぎたのは、過疎化というより角細工職人のほうが絶滅しそうだからです!」
大角黒ジカはいわば天敵がいなくなったのだ。
だから、森や山のサイズ以上に個体数が増加してしまい、トラブルになっている。
「角細工職人を増やせませんかね? 彫刻もブローチも拝見しましたが、商品価値はまだまだ高いと思います。若い人が学べば食べていける職業になりますよ。そしたら角細工職人が途絶えるなんてこともなくなるはず――」
「最後の角細工職人、超頑固なんですよっっっ!」
俺の声はマコリベさんにさえぎられた。
そりゃ、頑固そうという雰囲気はあったけども……
「ですが、最後の一人なわけですし、そこはどうにか……」
「ならないです! その角細工職人のベンドローさんはファントランドにも名前が轟くぐらいの頑固者なんです! 『オーガも逃げ出すベンドロー』って異名がついてるぐらいの人なんです! 弟子も平均三日で追い出していて続いたためしがないです! どんな厳しい修行にも耐えますって言って入った弟子も三日で自分から追い出しちゃったんです!」
「教育する気一切なしかよ!」
おいおい、時代に逆行してるぞ……。怒鳴られながら覚える時代じゃないと思うんだけど……。いや、怒鳴るも何も三日で追い出してるから、続くわけないよな……。
「おっしゃりたいことはわかります。滅びないようにするには、頑固一徹にやってる場合でもないんです。ですが、ベンドローさんはそういう人なんです。天才的な超絶技巧を持ってはいるんですが、自分の代で絶えるなら望むところだって言うような人なんです……」
ああ! 伝統工芸の後継者不足問題!
「フランツもそこに思い至りまではしたみたいだね。けど、生き残りが教えるつもりがないんじゃ打つ手がないよ」
メアリが両手のひらを天井のほうに向けた。やっぱり、ネックになるところはわかっていたらしい。
「わらわなら、そんな頑固者でも魔法で洗脳できなくはないよ。けど、そういうのしたらダメなんでしょ?」
ダメに決まってるし、普通に犯罪だ。
「くそ……そんな人を心変わりさせられるような人材は…………いるかも」
「えっ、フランツ、冗談はよくないよ」
メアリすら信じてないようだ。
「ネクログラント黒魔法社ならやれる……かもな」
天才的な人なら心当たりがいくつかあるじゃないか。
天才に天才をぶつけてやる。




