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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
シカ増加問題と伝統工芸編

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314 角のあるもの

 その日は王都にけっこう店が多いチェーン店の安い居酒屋で飲んだ。

「安いけれど、思ったよりもいいね。それなりにおいしいし、店の雰囲気もそんなに悪くはないよ。及第点」

 メアリが偉そうに感想を言っていたが、値段の割には使えるというのは本当だ。


 それをアルバイトらしい従業員の人が聞いていたらしい。

「ここだけの話ですよ、昔はブラックと言われていたんですけど、例の『名状しがたき悪夢の祖』の赤い月事件で体質が改善されたんです」

 従業員の人は楽しそうな顔をしていた。チェーン店はいかにも労働条件悪そうだものな……。


「昔は朝礼のために早く出社しなきゃいけないとか、実質、お金の出ない労働時間も長かったんですけど、そういうのも給料に反映されるようになりました」

「わらわのおかげだね。えっへん!」

 従業員の人がきょとんとしていた。

 おい、バレるようなこと言ったらダメだろ! まあ、バレることはないだろうけど。


「あっ、気にしないでください! 追加で蒸留酒をください」

 なんにしても、自分たちがやったことで誰かが幸せになれるとしたらよいことだ。



 そして、俺たちは日を改めて、『田舎屋』を再度訪れた。

 今度は休業期間も過ぎているので、ちゃんとやっていた。店の前に「気合いを入れて営業中」の看板が出ている。


 店に入ると、ホワホワとすぐに目があった。

「おお、フランツたち、よく来たがうがうー」

 ぴょんぴょん沼トロールのホワホワがジャンプしている。そんなに喜んでもらえるとこっちもうれしい。


 ただ、その様子が少し切実に見えた。

「あとで店長のマコリベの話、ぜひ聞いてやってほしいがうがう。マコリベ、里帰りしてとっても大変な現状を知ったがうがうー!」

「えっ、そんな危機的なことがあったのか……?」


「ふむ、経営が思わしくないとか、そういったことかな」

「ありうるね。飲食店って経営が大変だって言うしね」

 博士とメアリが縁起でもないことを言っている。あんまりシャレにならないことだからやめてくれ。


 けど、経営の危機だった場合は、俺でもどうしようもないぞ……。さすがに俺も資金援助で金貨を大量に出すなんてことまではできないし……。


「このお店のことじゃない。黒字経営してるがうー」

 あっ、一番の懸念は吹き飛ばされた。だったら、どうにかなるかな。どうにかなると信じよう……。

 そこにマコリベさんもやってきた。広い店じゃないし、ホワホワの声も聞こえたのかな。


「領主様、お久しぶりです。もし、あとで時間がありましたら少し相談に乗ってもらえないでしょうか? 本当に経営の問題ではないんで、俺に直接的なことではないんですが、ファントランドが今までにないトラブルに悩まされてまして……」

「それはもちろん聞きますよ。これでもファントランドの領主なんですから」


「ありがとうございます。一日を争うようなことではないので、あまり気にせずにお食事をしていってください」

 そう言われても気になるけど、そもそも大事件なら領主の俺のところに連絡が来るはずだし、深刻なことでないのは事実なのだろう。


 マコリベさんが厨房に戻っていったあと、ホワホワが手を頭の上に出した。角を示してるように見える。

「これがたくさん来たがうー」

「なんだ、魔族……?」


「ご主人様、魔族がファントランドに大量に現れて何かやったら、とんでもないことですわ。下手をすると国際問題ですわよ……」

「セルリアの言うとおりだな……。じゃあ、なんだろう……」

「これは前にもいたがうー。でも、いきなり増えたがうがう。マコリベもびっくりしてたがうがうー」


 ホワホワが「これ」としか表現しないので完全にクイズになってしまった。

「あとでどうせ教えてもらえるでしょ。それまでは楽しく飲み食いしようよ」

 メアリは割り切ってるけど、それもそうか。まずは料理を楽しむことにしよう。


 ――で、お客さんがはけてきた頃。

 マコリベさんとホワホワが俺たちの席にやってきた。


「先日、里帰りをした時にファントランドのほうで、とある変化が起きていまして」

「これが増えたがう」

 また、ホワホワが手で角を示す。だから、それは何だ?


「大角黒ジカというシカの仲間なんです」

 ああ、シカか。それなら角のポーズをホワホワがとったのもわかる。


 でも、マコリベさんが出してきた資料(おそらく図鑑か何かだろう)に載ってるイラストは俺の予想を超えていた。


 とてつもなく複雑で強そうな角のシカだ……。

 さらに通常のシカの倍近くある巨体の個体も多いと書いてある。角は若いうちに伸びきって、そのあとは伸びないらしい。


「えっ? あのへんって、こんなのがうじゃうじゃいるんですか……?」

「いえ、むしろ俺が若い時なんて、むしろ絶滅するんじゃないかとすら言われていました。一年に一回見たかどうかでしたし、それも郡都に行く際に、ちょっとけもの道に入った時のことです。どっちかというと、隣の集落の山に出る動物でした」

 普通のシカの二倍となると、食べる量も多いだろうし、生活も大変そうだしな。


「それが、突然、ファントランドのほうにも出没するようになっていまして……。そこらへんの木々を食い荒らされますし……あと、出会っても角が大きいので、もし突進されると命にかかわるんです……」

「草食動物だからって甘く見れませんよね」

 槍を持って突っ込んでこられるのと大差ないぞ。


「残念だな。こんなにかわいいのに」

 ぼそっと博士がつぶやいていた。

 そういえば、博士って動物とか好きそうだな。あと、博士も角が近いといえば近いから、仲間意識もあるんだろうか?


「でもさ、絶滅しかけてたような弱っちい動物がどうして大量に出てきたの?」

 メアリがまた核心を突いてくる。

 もっとも、弱っちいから絶滅しかけたわけじゃないと思うがな……。オオカミでもゾウでも弱くないけど滅びそうになってる動物はけっこういるはずだし。


 マコリベさんは一度ため息をついた。

 どことなくためらいがあるように見える。


「いくつも要因があるみたいで、俺もこれだというのがわからないんですが、とにかく順を追って説明いたしますね……」


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