310 町のことを知ってほしい
この話更新してる最中に新潟と山形で地震が……。現時点でのニュースでは死者の情報がないのが、せめてもの救いです。夏に村上を観光予定だったのですが、観光できる状態に復活してればできるだけお金を落としたいです。
「だとしても、やるしかなかったんですよ」
コータリさんの表情にはすがすがしい諦観みたいなものがあった。
でも、すがすがしいと感じたのは、悲観的な様子がないからだろう。ちっとも迷いがないのだ。
「無論、反対もありました。お金を節約しろという意見もありました。しかし、ここで復興をケチったらこの町は滅ぶ。以前より元気にするしかないんだ、そういう結論になったんです」
ケルケル社長が「地方都市はそのままでも寂れてしまう時代ですからね」と補足するように言った。
「ああ、そうか。現状維持では結局、衰退していってしまうんですね……」
だからこそ、もっと上を目指すということか。
メントマラ郡もフッスの町もそれに賭けた。
「ここで守りに入っていくと、どんどん不景気になる。それも怖かったんです。ただでさえ、家や店がなくなった人も多いですから。また仕事が減って、つぶれる店が増えてといった悪循環だけは断ち切ることにしたんです」
ショック療法の劇薬みたいなものを俺は思い描いた。
セルリアも深くうなずいていたので、感じ入ることもあるんだろう。
「苦労も多いと思いますが、復活に期待していますよ♪」
社長も笑顔でエールを送っていた。
「はい、ネクログラント黒魔法社の皆さんもよろしくお願いします!」
コータリさんが元気な声で話せるようになるまでにも、何段階か関門があったのだろうな――そんなことを感じた。別にこの人も能天気に明るいわけじゃないのだ。
「復興って難しいですわね」
「いや、本当だよ」
復興というのは元に戻すという意味の言葉だけれど、ただ修理しますっていうだけじゃ復興にもならないのだ。経済というのはなんて厄介なものだろう。
――しかし。
やっぱり、黒魔法の出る幕ってないんじゃないか……?
黒魔法を使って、激安で建物を作るだなんてできないぞ。
「次は避難所の見学ですね」
「ええ、ご確認をお願いします!」
社長とコータリさんの言葉で俺はまた視察に意識を向けることになった。
●
避難所は想像よりもにぎやかだった。
子供が走り回っていたりもする。
隅にテーブルを置いてチェスをしている人たちもいた。
「こういう言い方が合ってるかわかりませんが、ここもあんまり暗くないですね」
俺は率直な感想を言った。ディスってるわけじゃないから失礼ってことはないだろう。
「数か月経ちましたからね。開き直った人が多いというのもありますし、メントマラ郡は温暖な土地で、昔から陽気な人が多いと言われています。引きずらないように意識してる部分もあるんでしょうね」
そのコータリさんの言葉が正しいと考えるしかないか。
広いスペースにつぶれた家のドアを置いたりして、空間を仕切って家みたいにしている。それが居住空間なのだろう。
そこで寝てる人や、本を読んでる人がいて、思い思いに時間を過ごしている。決して恵まれた生活ではないだろうが――
「悲壮感はあまりないですね」
「フランツさん、そこがこのフッスのつらいところでもあるんです。悲壮感がないとニュースにしづらいっていうんで、ただでさえ少ない復興の報道が余計に減っちゃってるんですよ」
コータリさんは頭をかいて笑っているが、ちょっとひっかかった。
「報道ってありのままを伝えるのが仕事であり、使命だと思うんですけど」
「それは報道する人も自覚されてると思います。新聞社の人なんかも何人も案内しましたが、人の不幸を食い物にしようだなんて意地の悪い人は自分は見てません。でもなあ……」
また、コータリさんは苦笑いする。
「何を選択するかは報道する側の自由なんで……使えないと思われるとパスされちゃうんですよね」
「新聞社の方々も商売ですからね。センセーショナルなものを届けることになってしまうんです。ままならないものですね」
社長もため息をついていた。
「こういうことは来てみないと本当にわからないものですわね」
セルリアも感心した顔をしていた。
黒魔法が役立つかは別として、いろいろ学べた気はする。
――と、「うわ、またか!」という声が響いた。
発信元は、避難所である公民館の事務室からのようだ。
トラブルだろうかと俺は事務室のほうに向かった。
「何かありましたか?」
そこは巨大な箱がいくつも置かれて、ほとんど埋もれるようになっていた。
整理が大変そうというのはあるだろうけど、危機的状況というわけではなさそうだ。
事務室にいた人たちも俺の反応を見て、きまり悪そうに笑ったり、「大丈夫です……」と言ったりしていた。
後ろからコータリさんがやってきた。
「ああ、また来ちゃいましたか」
「ええ、そうなんです、コータリさん。もう飽きましたよ。そっちの箱なんて手紙付きです」
コータリさんと事務室の人はなにやら荷物について話している。
「なまじ、善意からというのがタチが悪いですね」
「本当ですよ。また、処分代だけかかります。いらないと言ってるんですけど、報道してもらえないんですよね……」
何かわからないので箱を見たほうが早い。失敬して、箱のひとつを覗き込んだ。
大量の服が入っていた。
冬用の分厚い服というのはわかるが、全体的にボロい。
「コータリさん、これって古着ですよね……?」
「そうです。冬の寒さに負けずに頑張ってくださいってつもりで送ってこられるんですよ……」
コータリさんが疲れきったようなため息をついた。
さっきまでの元気な様子とは信じられないような落差だった。
「できるだけフッスのことを見て知っていただきたくて、ご案内したのには、こういう行き違いをちょっとでも減らしたいからというのもあるんです」
セルリアと社長も部屋に入ってきた。
社長は箱を見て、すぐに悟ったらしい。
「ま~た、善意の押しつけですか」
わざとらしい軽蔑するような顔で、社長は言った。
表現としてもかなり強烈だけど誰も否定する人はいなかった。
「あの、社長、どういうことですか?」
まだ俺は状況が把握しきれていない。
「全国から被災地にこうやって服が届けられてくるんです。大半は、ほとんど無価値なボロボロの古着です。だから、善意の押しつけと言ったんです」
「ま、まあ……それでも寒さをしのぐぐらいは――」
「ここ、温暖な土地なんで、こういう分厚い冬着はいらないんですよね。雑巾ぐらいにしか使えないでしょう」




