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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
アリエノール、王都に出店編

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307 部署内対立

 幸い、その廊下の両側にはいくつも会議室が並んでいたので、使用されてないところもちゃんとあった。もっとも、何時から使われる予定かわからないので長居は禁物だが。


 捕まえた紫魔法使いはものすごくあっさりと依頼者の名前――いや、依頼部署の名前を出した。

 ぶっちゃけ、たいした驚きはなかった。紫魔法を使う奴が個人的にこんなことをするわけがないのだから、それらしき組織は関与してるに決まっているのだ。


 紫魔法使いはヴァニタザールいわく三流とのことだったので、とくに抵抗も何もしなかった。

「あの、担当者を呼んできてもらえますか? 僕らもこれを事件にするつもりもないです。俺も実力行使に出てますから」

 魔法使いを捕まえるには先に魔法を使うしかないところがあるので、けっこう過激なことになりがちなんだよな……。


「事件になった場合、あなたの恥ずかしい情報が王都すべてに広がるわ。もちろん、紫魔法の世界でも広がるから」

 その魔法使いはヴァニタザールにそう言われて絶望した。


 もはや、その紫魔法使いは洗脳されたがごとく、俺たちに言われるがままだった。

 きっちりと自分の雇い主を呼んでくれた。


 本当にごく普通のおじさんだった。

「あなたが財務課職員のヘナンさんですね?」

 蒼褪めた顔でヘナンという人物は謝罪してきた。


「悪党の中でも小物の中の小物ね」

 そうヴァニタザールが言った。きっとヴァニタザールは悪党もたくさん見てきているのだ。本人が合法的奴隷労働をやってたわけだしな。


「すいません……。個人的に紫魔法使いを雇って、ガンバレ補助金の話をなかったことにしていました……」

 本来なら受理されるはずの書類を何度も突っ返すように仕向けていたというわけだ。


 室内の人間を洗脳することで、書類の内容を消去したり、あるいは問題はないのに問題があるというふうに認識させて、突っ返させていた。アリエノールはそのループにはまっていた。

 書類を提出する側は、疲弊してそのうち書類を持ってくるのを諦める。


 もっとも、腑に落ちない点はあった。

「それはわかるんですけど、あまりにリスクが高くないですか? こういうふうに、実際、バレちゃってますし」

 言っちゃ悪いが、無難に勤め上げればいい立場である役所の職員が、処罰されるリスクを冒してまでこういう反則をやる意味がわからない。

 当然、紫魔法で他人の精神を勝手に操れば犯罪になる。比較的バレづらい魔法ではあるにしても、国を左右する官僚でもない立場の役人が、犯罪をやるメリットは何なんだ?


 そのヘナンという人は、根が悪人じゃないからか、答えも渋ることなく出してくれた。

「財務課側としては、ガンバレ補助金を出す人間を減らせば、それが出世につながるので……。逆に地域推進課の担当者はガンバレ補助金を多くの店主に出せば実績とみなされるんです」

 これが真相だ。


 ヴァニタザールがしんどそうなため息をついた。

「大きな組織にはよくあることよ。利害が部署同士で一致してなくてつぶし合ってる」

 経営者が言うのだから間違いじゃないんだろう。


 役所はまったく一枚岩じゃなかった。それどころか、ほかの部署の業績を悪くすれば、自分の手柄になる構造になっていたのだ。


 ただ、そのつぶし合いを解決するには、ものすごく大きな体力がいる。権力もいる。正面から違う部署にケンカを売れば厄介なことにもなる。ケンカ自体が出世に響くかもしれない。

 だから、財務課のヘナンという人は、地域推進課のほうで補助金をつぶしてしまうように仕向けたわけだ。


 彼が財務課の担当者である時代に、ガンバレ補助金その他の補助金が出る額が小さく抑えられていれば、彼は褒められる。


 一方で、地域推進課の人が愛想よく対応してくれたのも、ある面、当然だった。ちゃんと、評価という旨味につながっているのだ。


「役所の財政状態なんかは素人の俺にはわからないです。でも、存在している制度を使おうとしてる人を魔法で騙すのはルール違反ですから、そういうことはしないでください」

 ヘナンさんも紫魔法使いもうなずいた。

 単純にリスクが大きすぎることを今回の件で知ったから、もうやらないだろう。


「もし、今後、同じことをやったら、あなたの住所や実家、友人宅に大人のオモチャが毎月、漏れなく届くようになるわよ」

 脅しの仕方が悪質すぎるが、その分、役所の人間にはよく効いたらしい……。



 地域推進課の窓口のほうに戻ると、すぐにアリエノールと合流できた。

「おい、いったいどこに行っていたのだ。置いてけぼりはひどいぞ!」

「悪い、悪い。こっちも仕事があったんだよ」

「それより、フランツ、やったぞ!」


 アリエノールは役所の印が押された書類を俺のほうにうれしそうに差し出した。


「補助金の申請は通った! これでレストランは楽になるのだ! ベッドタウンの者どもを黒魔法に染めていく第一歩となるな!」

「お前、そういう発言はあまり役所の中で言うな。取り消しになったら面倒だ!」


 ちなみに店主の意気込みについて書く書類にも、そういった黒魔法特有の表現があったが、「このままだと財務課か、地域推進課の上のほうではねられます」と修正を求められたらしい。それはそうだよな……。



 俺は今回の一件をケルケル社長に報告した。

 報告義務があるわけじゃないけど、補助金の話をしてくれたのは社長だし。


「う~ん、悩ましい話ですね~」

 社長は自分の犬耳を手でぺたんと下げた。

「組織の規模が大きくなりすぎると、内部で対立しちゃうんですよね……。悲しいことです」

「ヴァニタザールも同じようなことを言っていました」


「私が会社の規模をあまり大きくしたくないのも、それがあるんですよね」

 視線だけを上げて、社長は俺の瞳を見つめた。


「役所みたいな組織はしょうがないところもありますが、私は同じ会社の人同士で争うところは極力見たくないんです。まして同じ会社の中での政治で一喜一憂するのなんて勘弁です」


 これ、社長も過去に勤めていた会社でそんな経験があったのだろう。

 おそらく、すべての社員が仲良くやってるというほうが奇跡や夢物語に近いのだ。


「でも――」

 社長は立ち上がると、俺の真ん前に来て――

 ぽんぽんと頭を叩いた。


「私が社長をやっている間は、この会社の中での争いなんて起こしません!」

 とびきりの笑顔に、少しばかりの決意の表情を込めて、社長は決意表明をする。


「だから、安心して働いてください♪」

 その笑顔を疑うことなんて、どれだけ社会の暗部を知ってもできないだろう。


「はい。社長を信じてこのまま働きます!」



ガンバレ補助金編はこれでおしまいです。次回から新展開です!


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