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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
アリエノール、王都に出店編

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299 失敗から学べ

 ひいきでも何でもなく、皿を出された瞬間、こう思った。

 これは絶対に美味い!


 アリエノールが横で見守っているので、俺は早速、スプーンをパイ生地の中に入れて、シチューをすくった。

 口の中に入れると、シチューのソースの甘さと羊肉の甘さとが混ざり合う。さらにパイ生地の甘さもさりげなく入ってくる。


「うん……完璧だ」

 セルリアの料理だって上手だけど、そういう次元じゃない。専門店の味がする。

「はっきり言って、食材のコストは高くつくし、最上級のものは買えん。だから、丁寧に煮込むことでその差が出ないようにした。食材本来の味で勝負しなければどうとでもなる」


 なるほど。自分の戦い方をよくわきまえてるじゃないか。

「この料理は最高の黒魔法だよ」

 好敵手にそんな賛辞を送った。アリエノールも満足したらしく、厨房に戻っていった。


 俺がゆっくりと料理を味わっているうちに客はどんどん帰っていった。

 ベッドタウンだし、居酒屋というわけでもないので、客が帰るのも比較的早い。そのまま近くの自宅に戻るのだろう。


 そして俺以外の最後の客が帰ったところで、

「開店おめでとう、アリエノール」

 俺は立ち上がって、アリエノールに拍手を贈った。


「うむ。私はこの地域で自分の城を持つぞ。やがては王都のほかのところからも客がやってくる名店にしてみせるのだ!」

 その意気込みは間違いなく、本心だろう。


 アリエノールはおおいなる夢を抱いて、この王都にやってきたのだ。

 でも、気になることはあった。料理の味などとはまったく違うところで。

「ところで、あの皿やコップを動かす魔法はどうやっているんだ?」


「厳密には、あれは魔法ではない」

 すぐにアリエノールが言った。うん、アリエノールが使役できる魔法の範囲は超えていると思う。


「ただ、間接的には黒魔法を使っている」

 アリエノールは自慢げというよりも、もっと落ち着いた誇りを持って、そう言っているように見えた。

 子供っぽさはずいぶんと減っていて、まさしく店の主という印象を受ける。


「フランツよ、『悪霊との会話』の詠唱と魔法陣を描いてみるがいい。客もお前しかおらんから、遠慮はいらん」

 そう言われて、俺はあることに思い至った。


「まさか、事故物件の自殺者と……」

「ああ、意気投合したのだ。同じ地方出身者だったしな」


 俺は黒魔法「悪霊との会話」を使用した。


 すぐに、黒い霧のようなものに覆われた影が視界に入った。

 この影が悪霊だろう。


「彼は今では私の友人だ。悪霊といっても、人を呪うほどの憎しみもないし、長くとどまっているわけでもない。気の弱い、ごく普通の魂と言っていい」

 その影がうなずいたように動いた。


 事故物件の自殺者と仲良くなって働いてもらうというのはいいアイディアだ。しかし……まだ腑に落ちないことがある。


「アリエノール、これができるって、相当に高度な黒魔法だぞ」

「悪霊との会話」自体はそこまで難しい魔法ではない。むしろ、黒魔法使いにとって初歩的なものの一つと言っていい。

 でも、アリエノールがやったのは会話と言える程度のことを逸脱している。完全なコミュニケーションをとっている。


「この黒魔法は私にとって、因縁のものだからな」

 アリエノールは遠い目をした。


「そういえば……」

 アリエノールがミニ留学という名目で王都で黒魔法を学んだ時――

 最終試験が、この「悪霊との会話」だった。

 逆に心を支配されそうになりながらも、アリエノールはどうにか悪霊に打ち勝った。


「あれから、この魔法だけは徹底して極めることにしたのだ。以前、悔しい思いをしたのも事実であるからな」

 特定の魔法だけを上達させるのならば、たしかに全体の底上げよりも時間的にも早く達成できる。


 アリエノールの過去がそういう選択をさせたのだ。


「屈辱は屈辱で人を成長させるのだ。楽しい経験ではなく、苦痛から学ぶ――まさしく、黒魔法使いらしいではないか」

「アリエノール……すっごく強くなったな」

 もう、褒めるしかできない。


 いくつもの困難を乗り越えて、今、アリエノールはとことん魅力的な黒魔法使いになっている。成長したとは前から知っていたつもりだったけど、そんな想像のはるかに上をいっていた。


「私も強くならないと、お前の好敵手として恥ずかしいからな」

 俺の頭に戦友という言葉が浮かぶ。

 きっと、俺とアリエノールのような関係を言うんだろう。


 自然と俺はアリエノールに腕を伸ばして、抱きしめていた。

 それぐらいしか気持ちを伝える方法がないと思った。


「アリエノール、今、お前がすごくかわいく見える。何か魔法を使ったか?」

「私そのものの美しさのせいだ。まったく、がっつきすぎだぞ。まだ、厳密には閉店時間ではない。もう少しだけ待て」

 ゆっくりと、アリエノールは俺を押しのけた。


 けれど、その表情はとても色っぽいものだった。

「あとで……思う存分、サバトをしてやる……。待ってて、フランツ……」

 俺はごくりと生唾を飲んだ。

 食欲とは違うところの欲望を刺激された。


 それから、閉店後。

 店の後ろのアリエノールの住居スペースにて、俺たちはさんざん黒魔法的なサバトをやった。むしろ、炎を操る赤魔法使いではというほどに燃え上がった。


「アリエノール、こっちの技術のほうはあまり変わってないな」

「うるさい! むしろ、フランツが変に得意になっていて、納得がいかんぞ!」

「それは……いろいろあったんだ……。たとえば、成人式とか……」

 あの日は本当にとんでもなかった。あまり深く思い出すと頭痛がしそうだ。


 アリエノールはため息をついたが、もう一度俺に抱きついてきた。

「今は許す。黒魔法使いの本分を果たそうではないか! 私は料理人の前に黒魔法使いであるからな!」


 夜明け近くまでサバトをしたおかげで寝不足になったが、そこは我慢しよう。

 黒魔法使いというのは、本来的には夜型だったのだから。



 それからしばらく経ったが、『レストラン アリエノール』はベッドタウンの名店として、じわじわと認知を広げつつあるようだ。

 好敵手、一緒に王都で立派になろうぜ。



アリエノール、王都に出店編はこれでおしまいです。次回から新展開です!

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