25 四年間の感謝を込めて
超高級レストランで歓迎会を受けた翌日は休日だった。
やっぱり、こういう会は休日の前にやるんだな。とくに二日酔いの症状もなかった。高級な酒だと悪酔いもしないんだな。
学生の時はたまに密造酒じゃないのかっていうような酒を出すお店で長居して、翌日も吐いてたことがあったっけ。あれは酔ったというより、なかば毒に当たったようなものだったんだ。高い酒を飲んでその違いを実感した。
もう、セルリアは起きていて、後ろからだと一瞬、裸エプロンに見えるエプロンを着て、朝食を作っていた。
「おはようございますわ、ご主人様。休日ですし、もっとゆっくりなさっていてもよろしいんですのよ?」
「別に寝る時間が遅かったわけじゃないから、いつもどおりでいいよ。起きる時間を一日だけ遅らすとそれはそれでリズムも崩れるしね」
うかつに休日に生活リズムを変えると、そのあとの平日がつらくなるのだ。魔法学校時代、さんざん経験した。
ちなみにネクログラント黒魔法社は完全週休二日なので、絶対に二連休である。素晴らしい。休日出勤などというものはないのだ!
「お休みの日はどうなさいます? どこか食べに行くにしても、昨日のお店の後だと、大変ですわよね」
セルリアの前のお鍋からはおいしそうなスープの香りがする。こういう家庭的な料理もそれはそれでいい。しかも作ってくれているのがセルリアだし。
「そうだなあ、昼前にちょっと買い物に行きたいんだ。それと学校のほうに寄りたい。あとは自由時間でもいいよ。セルリアの要望があれば、それを聞くし」
「じゃあ……」
セルリアは鍋の火を止めると――俺のほうによりかかるように抱き着いてきた。
それから上目づかいで、俺の顔を見る。
「あの、サキュバスらしいことを朝からしてもよいでしょうか? ほら……昨夜は生活リズムを優先して、何もしないまま眠ってしまいましたし……」
あっ、そのことを予想以上に気にされていた!
実は昨日はいつもと同じ時間に寝はしたものの、帰宅時間自体は歓迎会で遅かったのだ。だからか、「サキュバス的なこと」は省略した。
セルリアは反対なんて一言も言わなかったけど、引っかかっていたんだな。だって、サキュバスだもんな。アライグマに餌を水につけるなと言ってるようなものか。
「わかった。お昼前頃に出かけられるならなんだっていいよ」
「ありがとうございますわ」
ぱあぁぁっとセルリアの表情が花でも開いたみたいな笑顔に変わる。
純真なお嬢様なのにエロいって、絶対に詐欺な設定だと思う。まるで男の欲望そのものを具現化したような子だよなあ。あっ、サキュバスだからまさにそれが狙いなのか。
「では、ご主人様、着替えるのも面倒ですし、このままエプロンでよろしいでしょうか?」
あっ、エプロンに料理以外の意味が付与されるなんて!
「はい、喜んで!」
なんだか安居酒屋の店員みたいなことを言ってしまった俺だった。
そのあと、セルリアによろしくしてもらいました。
●
軽くごはんを食べて、昼前に王都に出かけた。
ためしに魔法グッズ専門店に寄ってみる。
あらためて黒魔法のコーナーを見てみると、白魔法のところと比べて全然狭い。
「やっぱり黒魔法は廃れているみたいですわね」
セルリアはちょっと寂しそうだ。
「まあ、ヤバい黒魔法使いが神出鬼没って状況よりマシなのかな……」
ちなみに黒魔法コーナーには、生贄用の干したカエルとかトカゲが置かれていた。
今のところ、会社では使ってないけど、本来はこういうの使うイメージあるよな。売ってるということは、利用者がいるってことだろう。
ほかにもなぜか首輪や手錠まで売られていた。
「これ、黒魔法、関係ないだろ……。何に使うんだよ……」
「それは多分、動物系使い魔に使用するものだと思いますわ」
セルリアが説明POPを指差す。「暴れん坊な使い魔をしっかり止める!」と本当に書いてある。
「中には、召喚者を攻撃するような乱暴な使い魔もいるのですわ。ほかにもしょっちゅう召喚者の生き血を飲もうとする者などもいますわね。そういった使い魔をとどめる必要があるのです」
「なるほどね……。やっぱり黒魔法って本来は怖いものなんだな……」
おそらく、ケルケル社長はそういうリスクをとことん減らした労働環境を実現したんだろう。使い魔に命を狙われるような環境じゃ働けないものな。
せっかくだし、黒魔法使いらしく、動物の骨から作った杖あたり買っておこうかと思ったけど、銀貨六十枚とか書いてあったのでパスした。
「職人が一本一本手作りしているので高いようですわね」
「しばらくは会社が貸してくれるやつでしのごう。常に持ってないといけないってものでもないし」
魔法グッズ専門店を何も買わずに出た俺は、家庭用品専門店に入った。
「今度はいったい何をお探しですの?」
「プレゼントするものなんだけど、どういうのがいいかな……。そっか、これがいいな!」
俺が目を留めたのは、魔法設定の入ったホウキだ。
説明書きには「魔法の力で手に持つと、自動的に動いてほこりを掃き出してくれて便利! 掃除の効率も大幅アップ!」と書いてある。
こういった魔法設定の入っているものは、微細な魔力でも反応するようにできているので、魔法が使えない人でも基本的に問題なく使用できる。
値段は銀貨五枚。そこそこするけど、プレゼントにはちょうどいいな。
「よし、これを買おう」
「ご主人様、ありがとうございますわ! これで我が家の掃除がはかどりますわね!」
「あっ、おうち用じゃなくて贈答用なんだ……。じゃ、じゃあ、二本買う!」
出費がかさんだけど、初任給が出た翌日だ。強気に行く!
そして俺は次の目的地である学校へと向かった。
別に教師にお礼参りをするわけじゃない。成績は悪くなかったから、教師との仲はよかった。
それに学校といっても校舎に用はない。
俺は久しぶりに男子寮に行った。
ちょうど玄関前をリーザちゃんが掃いていた。
「お久しぶりです、リーザちゃん!」
「わあっ! フランツさん、どうしてここに!?」
それは驚くよな。なつかしくて戻ってくるにしても早すぎるタイミングだし。
「実は四年間のお返しをしたくて」
俺はリボンのついたホウキを彼女に差し出す。
「ほんの気持ちです。受け取ってください」
最初、ぽかんとしていたリーザちゃんだったけれど、だんだんと目に涙がたまってやがて泣き出した。
「もう、バカ……。これ、すごく高いホウキだし……」
「このホウキがもし銀貨五十枚しても、リーザちゃんへのお礼にはならないと思うけど、気持ちを伝えることにはなるかなって」
「うん、絶対にこの寮を今まで以上に、まるで新築みたいにきれいにしてみせるからね!」
力強くリーザちゃんはうなずいた。
「と、ところで……」
リーザちゃんの目がちらっと、セルリアのほうに向いた。
「確認したいんだけど、これはプロポーズって意味じゃないんだよね? フランツさんにはその子がいるもんね?」
もしや、俺が求婚してるとでも思われただろうか? それだと重い男だと認識されるぞ!
「違います! あくまでも寮時代の感謝の意味ですから!」
「うん、そうだね。わかってるよ」
なぜか、リーザちゃんが残念そうな顔になった気がするけど、おそらく気のせいだろう。
その日の帰り、セルリアにこう言われた。
「ご主人様、あそこで好きだと言えば、結婚できましたわよ。就職して一か月とはいえ、もったいなかったかもしれませんわね」
「いいんだよ。俺にはセルリアがいるし」
俺としては本心で言ったつもりだった。だいたい、俺にリーザちゃんへの恋愛感情がなかったのに、勢いでプロポーズするのは絶対不誠実だし。
「ご主人様、その言葉一生覚えておきますわ!」
なぜか、その夜のセルリアはいつも以上に激しかった。
最初の仕事編はこれにておしまいです! フランツが学生からちょっと社会人へと成長しました。
次回から新展開に突入します! フランツに新しい仕事がやってきます。




