202 アンデッドの彼女
俺はヴァニタザールに窓から投げ落とされた!
思った以上に落下に時間がかかると思った。ネズミのサイズだからか。二階から落ちたとは思えない。大聖堂のてっぺんから落下してるような感覚だ。
そして、下で誰かが待っているのが見えた。
その誰かは服を広げてハンモックのようにして、ネズミの俺を受け止めてくれた。
俺の体は大きく跳ねたが、なんとかその服の上に止まることができた。
「お久しぶり~。まさか、ネズミ状態の君と再会するなんてね~。生きてるって不思議だね~。あっ、ワタシは死んでるけど」
その声は、ガーベラ!
サイズ感的にわかりづらいけど、間違いなくガーベラが俺を受け止めてくれていた。
左右一つずつ、頭にお団子を作った髪型がなつかしい。
アンデッドのガーベラは、かつてヴァニタザールに死なないのをいいことに超ブラックな奴隷労働をやらされていた。
その生活が嫌になって、思い切って逃げ出したところを俺たちが見つけたのだ。
ヴァニタザールが改心したあとは、アンデッドなのを利用して深夜バイトをしてたはずだけど、それからは会うこともなくなっていた。
「今も深夜労働してるから、日中は空いてるんだよね。だから、運び屋をやるわけ」
なるほど。ネズミだからしゃべれないのが、ちょっと悲しいけど。
「お金もたまってきたし、ちょっといい物件に引越すか、昼間の時間に次の仕事先を探そうか考えてたところなんだけど、ヴァニタザールにも相談に乗ってもらったりしてるんだよね。条件次第では戻ることも案に入れて」
なるほど。その縁で、ここにガーベラが出てきたのか。
「『第一魔法』の本社まで運ぶよ。手のひらに乗せて運ぶとちょっと目立つし、肩に乗ってくれる?」
わかった――と心の中で思っても、ガーベラにまでは通じないんだよな。
「チュチュ」
了解したという意味で受け取ってもらえるだろう。俺は肩にまで移動した。ガーベラの服に隠れるようにして、顔だけをちょこんと出す。
――上手くいったようね。『第一魔法』までは徒歩三十分ちょっとかしら。
脳内にはまだヴァニタザールの思念が聞こえてくる。
これ、けっこう頭がくすぐったい感覚があるな。
「君は話せないみたいだから一方的に話すね。最近、小旅行にこってるんだ。食べても味はしないけど、景色は見られるからね~」
すごく近い距離でガーベラののんびりした声が聞こえる。
「それで感じたんだ。あ~、生きてるうちには、こういう景色ほとんど見てなかったな、もったいないなって。だから、時間もたくさんあるし、知らないところをまわってるわけ」
死んでても生きがいって見つかるんだな。
月並みな表現だけど、すごくいい話を聞いた気がした。
誰かの都合のためだけに出てきてしまったアンデッドが何か自分の存在する意味を見つけられたというのは、とても救いのある話じゃないか。
ガーベラ自身は案外軽い性格だったから、バイトをしながらのんびり生きていくのでも楽しんでたかもしれないけど。
「チュッ、チュチュ」
これだけじゃ、さすがにガーベラには伝わらないかな。
ほんとにすごいじゃないか、っていう意味で鳴いてみた。
「人の出入りが激しい時間のほうが入り込みやすいよね。ちょっと早歩きで行くね」
そう言うと、ガーベラの移動速度が上がった。
二十五分ほど後。
「着いたよ」とガーベラが言った。
ここが『第一魔法』の建物か。
といっても、ネズミの目ではどんな建物なのか、どれぐらいの大きさの建物なのか、いまいちわからない。とにかく、石でできた建物が前にあるんだろうなあということだけがわかる。
ガーベラは俺をやさしく持つと、人目につかないところに、そっと置いた。
「じゃあ、ここからは君の仕事だね。健闘を祈るよ~」
ガーベラは去っていった。ここで時間をかけたら、怪しいことこのうえないから、別れもあっさりしている。
また、お茶でも一緒に飲めたらいいな。あれ、ガーベラってお茶も飲めなかったっけ……?
――よし、会社の前までは来れたわね。ここからが本番よ。あっ、性的な意味ではないわよ。
わかってますよ……。
――本社入口のドア横に待機してなさい。本社だから人の出入りは激しいはず。そのうち、ドアが開くから、その隙に内部に入ればいいわ。
わかりました。首尾よくやります。
ファーフィスターニャ先輩を引き抜こうとしてる人物の役職はわかっている。
どの部屋にいるかもだいたい調べはついている。
俺の目的地はもちろん、その部屋だ。
ただ、情報が得られるかは不明だ。
俺がやろうとしてるのは、盗聴行為。これは有益な情報を話してくれるかは未知数なのだ。まったく関係ない話、たとえば趣味の釣りについてずっと話しているのを聞くことになるかもしれない。
でも、これが俺のやれる最大限だ。それで成果が上げられなかったら、素直にその旨を先輩に報告する。
厳密に言うと、ヴァニタザールの紫魔法の力を借りてるから、最大限を超えている。
でも、俺の人脈なんだから、これも俺の力って言っていいだろう。
やはり、大手の会社だけあって、人の移動がひっきりなしにある。俺は人目につかないように慎重に移動した。
あと、とても魔法の会社とは思えないというか、そもそも魔法使いの雰囲気がない社員が多い。
おそらく、一般人の事務員や営業職だけでも、相当な人員を抱えているんだろう。むしろ、魔法使いは専門職だから、この本社にはあまりいないのかもしれない。
最上階の隅の部屋が『第一魔法』の部長室だ。
十五分ほどじっと待っていると、その部屋をノックする社員がいた。
「どうぞ」という声のあとに、その社員がドアを開ける。
今だ! 俺は社員の靴の真後ろについて、潜入する。
そこから今度は部長の机の下に移動する。
あとはひたすら待機だ。突然、部長が机の下を厳重に調べはじめることなんてないだろうし。
頼むぞ、先輩の人事についての話題になってくれ。




