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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
先輩が引き抜かれそう問題編

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201 紫魔法の遠隔操作

「今は……い、いったい、何をしてるんですか……?」

 しゃべるのさえ、ダルい。それほどの倦怠感だ。

 俺はあまり細かなことは聞かされてない。おおまかな発想だけ聞いている。戦略はなかばヴァニタザールに一任していた。


「あなた自身の魔力を媒介にして、魔力をさらに引き出してるの。別に魔法が使えなくなったりはしないから安心して。症状は疲労だけだから。今からやる魔法には、膨大な魔力がいるのよ」

 よし、とにかく我慢すればいいだけなら気楽なものだ。


「それにしても……いくらなんでも魔力が出すぎよね。あなたもとんでもない才能を秘めてるわよ……」

「多分……シスコンな先祖のおかげです……」

 あんまり、あの先祖には感謝したくないが。

「紫魔法には足りそうですか……?」


「余裕よ。おつりがくるわ」

 そこでヴァニタザールは簡単な召喚系の魔法を詠唱する。

 出てきたのは何の変哲もない白いネズミだ。


「じゃあ、今からあなたの感覚をこのネズミに移し替えるからね」

「は、はい……」

 これが「俺を使う」計画だ。

 俺がスパイとして会社に入り込むのは難易度が高すぎる。盗賊でも何でもないんだから、大手企業に入って情報を盗み出すことなどできない。。

 なので、ネズミにその代わりをさせる。


「ネズミが攻撃を受けてもあなたは無事だから安心して。あなたの肉体には傷一つつかないから。ただし、痛みみたいな感覚はネズミの体を借りてる間は来ちゃうから、そこは気をつけてね」

「わ、わかりました……」


 それからヴァニタザールは極めて複雑な魔法の詠唱を行い、宙に手で別の魔方陣を描いた。

 紫魔法――精神移動。

 文字どおり、俺の精神をネズミに移し替えて、コントロールする魔法だ。

 俺の自由意思でネズミを操作できるようになる。


 簡単な精神支配に関しては黒魔法もできる。俺だって使える。だが、それはハチを追い払ったりとか、本当に簡単なものだ。

 自由自在に対象を動かすとなると、紫魔法の専門家に頼むしかない。


 ただし、それにしたって、かかる魔力はとんでもないものだろう。相手の精神を完全に奪うだなんて、極めて危険な魔法だ。風や火を起こすといったこととは質が違いすぎる。


 なので、まずは俺の体力を代償に魔力を多めに引き出してもらった。

 寿命が縮むわけでもないから、たいしたリスクじゃない。せいぜい、明日、しんどいから有休を取るか悩む程度のものだ。


 その魔法の詠唱が終わった瞬間――

 俺の視界が、がらりと変わった。


 灰色の背の低い草が広がっている。

 違う、これは絨毯だ! 俺は小さくなって絨毯を見ている!


 ああ、これがネズミが見ている景色か。


「成功よ。あなたはそのネズミの体を借りてるわ」

 ヴァニタザールの声がやけに大きく聞こえた。


 まさか、ネズミになっちゃうだなんて、人生いろんなことがあるもんだな……。


 ――ネズミになったわけじゃないわ。あなたの体はちゃんと今も魔法陣の上で突っ立ってるわ。

 そんなヴァニタザールの思念みたいなものが頭に流れた。


 たしかに俺が横を向くと、俺によく似た巨人――いや、俺自身が立っていた。

 ていうか、今、ヴァニタザールはしゃべってないよな。あれは何なんだ……。


 ――精神移動を唱えたのは私よ。つまり、私が管理権限を持つわけ。その私が思念を飛ばすぐらいはわけないってことよ。あと、あなたの考えてることも全部わかるようになってる。


 たしかに、こんな高度な紫魔法は今の俺じゃ逆立ちしたってできない。

 ファーフィスターニャ先輩でも、紫魔法までは無理だろう。


 今度は俺もネズミの体でしゃべろうと思ったが、

「チュチュチュ!」

 とネズミの鳴き声しか出なかった。


 ――ネズミの体は何も改変されてないからしゃべることなんてできないわよ。詳しくは知らないけど、ノドとかの作りが違うから、人みたいには発声できないはず。


 言われてみればそうか。いや、厳密には言われてはなくて、思念を飛ばされてるだけだけど。


 ヴァニタザールが俺の前にしゃがんだ。

 それでも、俺のほうがはるかに彼女を見上げる形になる。ネズミの視点だからか、それだけで恐怖心が起こる。人間に踏まれたら即死だもんな。巨人がそこにいるのと同じだ。


「さて、ここから先は運び屋に手伝ってもらうわ」

 運び屋? まさか、ほかのプロも使うのか。いかにも裏稼業って名前の職業だ。

 あまり参加者が増えてほしくはないんだけどな……。足がつきやすくなるし。


「だって、『第一魔法』の本社までネズミの足だと遠すぎるでしょ。しかも人に踏まれたり、カラスに狙われしたらやりなおしよ」

 そういや、『第一魔法』の本社から離れていればバレづらくはなるが、その分、侵入も当然難しくなる。こんなネズミの姿でたどりつくのは無理がある。


 ヴァニタザールは俺を右手でつかんだ。

 そのまま、ひょいっと持ち上げられる。つぶされるわけはないとわかっていても、巨人につかまれた人間の気持ちを味わっている。つまり、恐怖心がどうしてもやってくる……。


 運び屋っていったい誰なんだろう? やっぱり馬車でも運転してるのだろうか。


 ――運び屋はあなたも知ってる子よ。さてと、一度ホテルから出て渡したほうがいいんだけど、服を着るのが面倒なのよね。


 今のヴァニタザールは一言で言うと、裸より恥ずかしい服を着ていた。そういうことが目的の場合しか着ないものを着ていた。


 ――というわけで窓から失礼するわ。

 ヴァニタザールはカーテンを開ける。そこには窓が見える。

 まさか、まさか、ここから投げる気か!?


 ――そのまさかよ。ここ、二階だし、ネズミのサイズならどうにかなるでしょ。あと、仮に死んでもあなたの体が死ぬわけじゃないから。


 それでも怖いって! ちゃんと服着て外出してくれ!


 ――けど、この格好でローブだけ羽織ったら、かえって裸を人に見せる変質者っぽいわよ。


 そこは普通の服に着替えたら済むことでしょ! これだけ難しい魔法使ったんだから、それぐらいの手間は惜しまないでくださいよ!

「つべこべ言わないの。行ってらっしゃい」


 俺はヴァニタザールに窓から投げ落とされた!

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