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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
先輩が引き抜かれそう問題編

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198 先輩の悩みに真正面から

 ネクログラント黒魔法社の仕事は先輩にとって役不足だったのか。


 多くの人間にとって、給料とか別の要素を排除すれば、楽な仕事と疲れる仕事なら前者のほうがありがたい。

 少なくとも、自分より楽に儲かる仕事をしているように見える人間を、憐れむ奴よりは羨む奴のほうが多いだろう。


 しかし、誰しも、楽なほうが絶対にうれしいわけじゃない。

 それで物足りないと感じる人だって世の中にはいる。


 たとえば、スポーツなど自分の成績が記録に残るような職業だと、つらい鍛錬を繰り返してでも、成長につとめるほうが当たり前ということもある。

 あとはその道を極めることを目指してる職人的な仕事とかも、楽よりも自分がやった仕事の質を重視したりする。


 こういう職業はだいたい、質が上がると、もらえるお金も増えるようになっているので、その点でも矛盾などは発生しないようにできている。


 そして、天才黒魔法使いの先輩にも、そんな自分の腕を試したいというような、競技者や職人的な価値観があったわけだ。


「今の会社でももっと大きなことがしたいって社長に言えばいいんじゃないの? あの社長なら融通してくれると思うよ」

 メアリがもっともなことを言った。

 けど、先輩はすぐに首を横に振った。


「小人数の会社ではやれることに限界がある。社長のせいじゃない。どうしようもない問題」


 中小企業がやれることと、大企業がやれることはおのずと違ってくる。


「もちろん、ケルケル社長にはお世話になってきたと思ってる。感謝もしてる。今の会社も楽しい。けど……自分がどこまでやれるのか知りたいって欲も…………ないことはない」

 ファーフィスターニャ先輩の目には悲痛な色が浮かんでいた。


 人によってはぜいたくな悩みだと言うかもしれない。

 けど、先輩にとっては本当に難しい悩みなんだ。


「わたしはどうしたらいいかな?」

 先輩の目がすがるように俺を見つめていた。


 何が正しいかなんて若造の俺が答えられるだろうか。


 いや、俺が二年目になった直後だってことぐらい先輩だって知ってる。


 それもわかったうえで、先輩は俺に相談をしてきたんだ。

 あと、俺がネクログラント黒魔法社で満足していることだって知っている。引き留めようとする可能性が高いことだって知っている。


 それでも、俺に聞いてきたってことは――

 先輩は俺の誠実さを信じてくれているということだ。

 だったら、俺もとことん愚直なほどに誠実に答えるべきじゃないだろうか。


「先輩、今の俺にはこの会社に残るべきか、転職すべきか、わかりません。人生経験も、相手の企業についても知りませんから」

「だよね」

 先輩ははかなく笑う。


 ここで話を打ち切るのは簡単だった。先輩もそれで俺を責めることだってないだろう。

 しかし、もっと先輩のために何かしたいと思った。


 そこで、俺は言葉を続けた。


「だから――少し時間をください。俺なりに先輩の転職先の会社を調べてみます!」

 それが今の俺ができる限界だと思った。


 残ったほうがいい。

 転職すべきだ。

 どっちにしろ、根拠に乏しい。俺自身がその結論に自信を見いだせない。とても先輩に向き合えるようなものじゃない。

 だったら足で稼ぐっていうか、自分なりに先輩の転職先の仕事を探る。


「調べるって、どうやってやるの……?」

 当然、聞かれるよな。それに、まさか『第一魔法』の本社に行って、「自分が働いてる会社の先輩が御社に転職するかもしれないんだけど、業務について教えてくれ」と言うわけにもいかない。


 これで何も策はないと言ったら、意味がない。それじゃ、根性ならありますとだけ言って、具体的な情報を何も出さない面接みたいなものだ。とても信用ができないだろう。

「案ならあります。上手くいくかはわかりませんが」

「ケルケル社長には言わないでね……」


 ファーフィスターニャ先輩も社長に悲しい顔はさせたくないのだ。

 社長は先輩が転職するといっても、栄転おめでとうとちゃんと喜んだり送別会とか開いたりすると思うが、それでも長く一緒にやってきた仲間がいなくなるわけだから、絶対に寂しくは感じるだろう。


 俺だって社長の立場に立てば、残ってくださいと言うしかなくなる。

 でも、先輩は社長のために生きてるわけじゃない。

 あくまでも先輩は先輩の幸せのために生きている。

 そこを勘違いして、社長視点で答えたり、俺視点で答えたりしたら先輩が俺に打ち明けた意味がなくなってしまう。


「秘密は厳守します。絶対に社長には言いません」

「うん。わたしは何もお返しができないけど」

「そんな言い方はやめてください。同じ会社の人間に相談するのは普通のことですよ」


 俺はできるかぎりの笑みを向ける。

「それに、先輩に頼ってもらえて俺もうれしいです」

 たかだか二年目に入ったばかりの新人にとって、大先輩から相談を受けるだなんて、誇っていいことだ。



 俺たちは喫茶店を出て、ファーフィスターニャ先輩と分かれた。

 もう、外はかなり暗くなっている。


「それで、どうするつもりなの、フランツ?」

 人ごみを抜けたあたりでメアリに聞かれた。

「おそらく、正確なジャッジをするには、大企業の計画とかを知らないといけないけど、そんなの、そうそうできることじゃないよ。今回はなかなかハードな課題だよ」


「わたくしもいい方法が思いつきませんわ……」

 セルリアも両手を胸の前で組んで困ったような顔をしている。

「やれるとしたら、企業の重役にハニートラップを仕掛けて、そこから機密情報を教えてもらうぐらいしかないですわ……」


「いや、それ、セルリアだとやれちゃいそうなのが怖いな……」

 セルリアなら大半の男を篭絡できると思う。だって、サキュバスってその道のプロなわけだし。大企業によってはそのためにサキュバスを雇ってるところすらありそうだな……。


「ただ……わたくし、できれば今はご主人様だけのために仕えたいですわ……。今はまだほかの男の方と体を重ねる気にはならないというか……」

 セルリアが頬を赤らめる。


 胸がきゅんとした。

 こんなことを言われて、セルリアを利用することなんてできるわけがない。

 まあ、俺のほうはいろんな女性とそういう関係になってしまってるから身勝手だという自覚はあるけど……。


 セルリアを利用することは、とにかくしない。俺の案にも入ってないし。


今日からベトナムに行ってきます! そのため、次回は27日の更新予定です。何卒よろしくお願いいたします!

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