196 楽しいお茶会
「やったーっ!」
そのあと、部屋の外にも響きそうな大きな声を上げた。
給料アップか。そりゃ、トトト先輩だって喜んでたわけだ。これで悲しむ社員なんているわけがない。
「セルリアさんのほうも月給が銀貨一枚増えます。懇切丁寧なフランツさんのサポートぶり、頭が下がりますよ」
「いえいえ。ご主人様はおやさしいですから、わたくしもついつい尽くしてしまうだけですわ」
セルリアもうれしいことを言ってくれる。これは少し高い店でお祝いをしないといけないな。お金はこんな時のために使わなくちゃ。その分、経済もまわるし、まさに一石二鳥だ。
「お二人はこれからもネクログラント黒魔法社の中核的な社員として働いていただきたいです。まっ、人数が少ないから一人一人がすでに中核的存在なんですけどね」
社長が微笑んで言う。
そうなんだよな。一人ひとりがプロ意識を持っているのがこの会社だ。ぶら下がり社員みたいなのはいない。
「会社というものは人間同様、千差万別です。様々な考えの経営者もいるかと思います。ですが、私は目の届く範囲で社員の方一人ずつが真の意味で輝けて、しっかりと笑顔になれる会社にしていきたいと感じています」
「はい、俺もそう思います」
この会社に入ってよかったと改めて感じた。
ゲルゲルも「ネクログラント黒魔法社に栄光あれだワン!」と吠えるように言った。
●
その日はお昼が過ぎても気分がいいまま、俺は事務作業をやっていた。
チェックしないといけない書類なども夕方になる前には終わって、そのあとは社員のみんなでお茶を楽しんだ。
「はーい、ハーブティーよ。砂糖やミルクがほしい人は調節してね」
トトト先輩が大きなティーポットとカップを持ってきた。
先輩は見た目に似合わず料理が得意だが、お茶もなかなか凝っているらしい。まあ、破天荒な人だけど、ダークエルフだもんな。ハーブの造詣も深いんだろう。
「うん、いい香りですわ~。優雅な気分にひたれますわ! 本当にお上手ですのね!」
もともと上流階級のセルリアも絶賛している。
「ふだんは一人暮らしだから、こうやって飲んでくれる人がいると気合いも入るってものよ」
「お菓子は会社に送ってこられたお土産のたぐいがありますから、それを開けましょう!」
ケルケル社長も社長室から出てきて、箱に入ってるお菓子を配っている。
ムーヤンちゃんは少し恐縮した顔になっている。
「あの……こういうの、新人であるわたしがやらなくてもいいんでしょうか……?」
「いいの、いいの。そもそも、この会社の中で社員が何人も集まることが例外的なんだから。お茶なんて作りたい人が作ればいいの」
トトト先輩はこのあたり、おおらかだ。
見た目で最初は戸惑うけど、後輩の指導にはちょうどいいキャラかもしれない。
「うむ。ムーヤン殿の業務内容にもお茶くみなどは入ってなかったはず。ならば、そのような作業も無用。今は己の仕事に早く習熟するよう。研鑽を積むべき時なり」
レダ先輩の言葉は案の定、古風だが、言っていることは正しい。
「初日からこんなにのんびりできるだなんて、この会社、本当にありがたいです」
俺も心からリラックスして言った。ひどい会社なら初日から残業があっても珍しくないのに。
「それもこれも、ケルケル社長が上手く調整をしてくれてるおかげだね。社長はケルベロスの中でも、相当の傑物だよ。わらわが保証する」
偉大な魔族が保証するなら信じていいんだろう。
たしかに、この会社、ちゃんと余裕を持った仕事を組んでくれてるんだよな。だから、俺たち社員も馬車馬のように働かなくても会社がまわるし、利益も上がるようになっている。
「まっ、残業がないと追いつかないような業務態勢になってる時点で、おかしいんですけどね。それは上の人が無能ということです。まして、そんな状況で上の人が偉そうにしてるのは戯画的なことですね」
ケルケル社長の言うように労務管理も偉い人の仕事なんだよな。
「これからも、私は少しばかりのんびりしてても会社がまわるようにしていきます。人生にゆとりは大切です。皆さん、プライベートもどんどん充実させてくださいね」
ゲルゲルが「今年はチェス世界選手権で優勝してみせるワン!」と抱負を語った。犬にしては抱負が壮大すぎる。
「ボクは婚活をしようかな……。本格的な海開き前に王都とかで婚活イベントに出よう……」
サンソンスー先輩、仕事以上に気合いが入ってる顔に見える。
「わたくしは、ご主人様を楽しませる新しい技の開発でもいたしましょうかしら」
セルリアがさらりととんでもないことを言って、お茶を噴きそうになった。
社内での会話としてはセクハラなのではとも思うが、サキュバスなんだから自然だろう。
「サキュバス四十八手は学校で修了しているのですが、煩悩百八手という上級サキュバス用の技もあるんですわ。そちらも覚えられればと思っていますわ」
なんだか、武道の話みたいだな……。
「煩悩百八手の師範にまでなると、どこにいても念じるだけで男の人を興奮させられると言いますわ。まだ、その技量にまではわたくしも達していません」
もはや、それは魔法なのでは……。
こんな調子でお茶会はなごやかに進んだ。
もう、終業時間を待つだけ。やっぱり、ネクログラント黒魔法社、最高!
お茶がおいしくて、お代わりをしてたら、トイレに行きたくなってきた。
「すいません、ちょっとお手洗いに」
この建物は大きい分、トイレがちょっと遠いのが玉に瑕だ。
そのトイレの帰り、廊下でファーフィスターニャ先輩に会った。
普通に考えれば、先輩もトイレだろう。こういうのって誰かが行くとほかの人も行きやすくなるものだ。
「あのね、後輩君」
先輩に呼びかけられた。
「はい。なんでしょうか?」
「仕事が終わったら、少し相談に乗ってほしいんだけど、いいかな?」
いつものようにそっけないものに見えていたファーフィスターニャ先輩の顔が――
どうも、沈んでいるように感じた。
もしかしてムーヤンちゃんが、先輩が楽しくなさそうな顔をしてるんじゃと気にしていたのは事実だったのだろうか……?
「はい、もちろん。俺でよければ」




