194 かわいい後輩ができました
「あの、わたし、学歴も全然ないですが……アルバイトの経験もないですが……それでもいいんですか?」
「それぐらい、履歴書を見てますから当然知ってますよ。卑屈になりすぎてはいけませんよ。それは採用した私に対しても失礼になりますからね♪」
今日の社長、やけに機嫌がいいように見える。五世紀も生きていると面接も娯楽になりえるのかな。
「あっ! 申し訳ありません……」
一方で、彼女は就職が決まってむしろテンパっている……。この調子だとマジでダメ元で来たな……。もっとも、内定をとった経験がないならそうなるか。
「ちなみに、サルフェンドさん――いえ、せっかくだからムーヤンさんとお呼びしてもいいですかね」
「はい! もう、どうとでも呼んでください! 『ザコチビ』とか『田舎グズ』とかでもけっこうです!」
そんな呼び方したら完全無欠のハラスメントとして訴えられるぞ。
「ムーヤンさんのほうから会社に対する質問はありませんか? どんなことでもどうぞ。業務内容に限らず、お給料のことや勤務時間についてでもけっこうです」
また、当たり前すぎることで俺の目から鱗が落ちた。
面接なんだから、(形式的には)会社も応募者も対等だ。条件を聞いて交渉する権利だって、あってしかるべきなのだ。会社の奴隷になりきたわけじゃないんだから。
あまりにも白魔法の会社に落とされまくったせいで、俺も卑屈根性が根付いていた。しかも、つい一年ちょっと前は落とされまくって、やさぐれていたのだ……。本当にこの一年でいろんなことがあった……。
「でっ、でででっ、ですが……そういうことを聞いたら、印象悪くなって落とされたりしませんか……?」
俺も彼女みたいに思っていた。
「でも、お金がほしいから面接に来たんですよね? そこで『お金はどうでもいい』とか言われても、絶対にウソですよねってわかっちゃうじゃないですか。ウソつかれても私はあまりいい気持ちになれないです」
「社長! それは正論ですけど、やっぱり聞けないですよ……。俺だって面接を受けまくってた時は質問する勇気はなかったです……」
自然とムーヤンちゃん(就職決まったらしいから俺も名前で呼んでいいよな。あとで許可もらうけど)の味方に入ってしまっていた。社長の隣に座ってるけど、立場としてはムーヤンちゃん側だ。
「むしろ、そんな質問して文句言ってくる会社なら、いいじゃないですか。入る前から論外だってわかるんですから。入ってから気づかなくて、圧倒的にお得ですよ」
社長、こういうところ、揺るぎがなさすぎる。これぐらい自信のある生き方を俺もしたい。
「でも、その場では文句言わずにあとでその点を問題視して落とされるんじゃないですか?」
「それにしたって、落としてもらえれば就職せずにすみますから、ラッキーです。断言しますけど、どうせ、そんな低次元なことで因縁つけてくる会社に入っても、辞めることになります」
断言されてしまったら、これ以上食い下がれない。
「あと、圧迫面接してくる会社も、ある意味ありがたいですよ。その時点で切り捨てられますから。これ、私の五世紀の人生経験から言わしてもらいますけど、入社する前の人にひどいこと言ってくる会社に入ったら、もっとひどい目に遭いますよ」
「社長、ちょっとスイッチみたいなの入ってませんか? 言葉の攻撃力が上がってますよ!?」
尻尾もぶんぶん動いてるので、気が立っていると思われる。
「おっと……すいません、私も過去にはいろいろとあったんですよ……」
社長は顔を赤らめた。
「話を戻しますが、もし、最低これぐらいはほしいとか、お金に困ってる事情があるとか、何かあれば教えてください。今日じゃなくてもいいですけどね」
ものすごく、ゆっくりとムーヤンちゃんが手を挙げた。
「黒魔法の世界って危険があったりするんでしょうか……? 毎年、多数の行方不明者が出てたりとか……」
そのあたりの偏見は持たれてるな……。
「黒魔法の中には危険なものもありますけど、ムーヤンさんにお願いするのは事務ですから、業務中の事故も起こりえないと思います」
明確に社長は答えた。うん、事務だもんな……。毎日、羊を生贄にしてる会社でもリスクはないな……。
そこで社長に代わって、今度はムーヤンちゃんの顔が赤くなる。
「その……裸にされて、刺青をされるとかってことも……」
「ないです」
また、社長は即答した。まだまだ黒魔法のイメージ改善は道なかばだな……。
でも、そのあとで――
「性的なことは男の人がいる場所では聞きづらいでしょうし、あとでご説明しますね♪」
と言われた。
ムーヤンちゃんが怖々とこちらを見ている。
これはなんか誤解とか受けたりしてないだろうな……。
でも、この会社、そういうところが非常にオープンというか、いろんな先輩たちと楽しませてもらっているので、誤解だと俺の口から言いづらい……。とくに忘年会の時とか、いわゆるハーレムと言っていいものだった……。
「社長、俺はこれにて退席します」
「わかりました。お疲れ様でした、フランツさん!」
社長に手を振られて、俺はムーヤンちゃんより先に部屋を出た。
出てから、心底祈った。
俺が社員を食いまくってるとか冗談でも言わないでくださいね、社長……。後輩からけだもの扱いされて社会人二年目を迎えたくはないです!
そのあと、部屋から出てきたムーヤンちゃんと会う機会があった。
「あの……先輩はとっても真面目でやさしい方なんですね。黒魔法の会社の男の人って怖いイメージあったんですけど、誤解でした。こ、今後ともよろしくお願いいたします!」
ムーヤンちゃんは俺に頭を下げた。
「(社長、変なことは言わないで)ありがとうございました!」
俺がありがとうと言ったことで、ムーヤンちゃんは変な顔をしていた。
「あ、そうだ、ムーヤンちゃんって呼んでいいかな?」
「はい、フランツ先輩!」
入社二年目は後輩ができることになりました。
次回から新展開です!




