193 合格です!
そう、企業に対して、自分を雇うとどれだけの価値があるかを示すのが、面接というものだ。この商品は質が悪いから買わなくていいと客にアピールする店員はいない。
示し方は異例も異例だっただろうけど、この子は自分の強みを伝えてくれた。
「では私のほうから具体的なことを聞いていきますね。簿記の資格というのは、どの検定の何級ですかね?」
「は、はい! 王国簿記協会の二級と……」
俺にはその資格がどういう意味を持っているのかまではわからないけど、いくつか資格の名前を彼女は並べていった。意外と持ってるな、この子。
「なるほど、なるほど。そうですか~」
社長は選ぶ側の余裕なのか、全体的に落ち着いている。社長が取り乱すことなんて、まずないけど。むしろ、俺が面接官なのにいっぱいいっぱいなのかもしれない。ちょっと汗をかいてる気がする。
「ほかにフランツさんから何か質問したいこととかあります?」
社長に話を振られた。面接官ではあるので聞かれるのは当たり前だけど、あまりやってほしくはなかった。
「ええと、そうですね……。ええと……」
俺のほうが上がってるな……。人に審査されるのも嫌だったけど、審査するのも嫌だな。
「ご、ご趣味は何ですか?」
我ながら、これじゃお見合いじゃないかと思った。でも、趣味を聞くこと自体は普通だよな?
「趣味ですか? そうですね……ガーデニングですね……」
「ガ……ガーデニングですか。たとえば、どんなものを作ってますか?」
「そうですね。施設の庭を使って、ニンジンとタマネギとショウガを作ったり……」
「へ、へえ……。それはけっこうなことですね……」
「あ、あ、ありがとうございます……いや、わたしがありがとうって言うのもおかしいですよね、すいません……」
「いえ、何も悪くないですよ……?」
困った。これ、どこで話を終わらせたらいいんだ……?
どことなく、彼女の気弱なところを俺が引き出してしまっている気すらする。おいおい、ダメなところを引き出してどうする! そんな面接官、ダメだろ!
「へ~、いいですね! じゃあ、会社の敷地に毒ニンジンを作ってもらいましょうかね!」
社長が話に入ってきてくれた。ありがとう、社長! 俺、こういうキャラとのトークスキルはなかったです……。あれ、でも、なんかおかしいぞ。
「社長、毒ニンジンなんて何に使うんですか? 毒があるんですよね?」
「レダさんが好物なんですよ。暗殺されないように毒入りの料理を食べて鍛えていたら、いつのまにかはまってしまったそうです。しびれる感じがいいとか」
レダ先輩の生き方が修羅の道すぎる。
「わかりました……。毒ニンジンは育てたことがないんですが……やってみようかなと思います……」
ひとまず、彼女が毒ニンジン栽培は得意ですとか言ってこなくてよかった。それ、マジな復讐のために作ってるようにしか聞こえない。
「では、あなた用のスペースを確保しておきますね♪」
その社長の言葉に彼女はあることに気づいたらしい。
「あの……会社の敷地に栽培場所を作るということは……?」
「正式な合否は追ってご連絡いたします――と言いたいところですけど、やきもきさせるのも悪いですよね」
社長は笑顔のクオリティを一段階引き上げた。
「合格です。ムーヤン・サルフェンドさん、我が社の事務のお仕事、お願いします!」
社長はこの会社の社員として彼女を迎え入れることに決めた。
おお! よかった、よかった!
これで彼女もほっとするだろうなと思ったけれど――
人間の心理というのはもっと複雑なものだった。
「あ、あんな面接でいいんでしょうか……?」
彼女は自分の顔を指差して言った。
まだ、合格したという実感が持てないらしい。むしろ、まったく信じられていないと言ったほうがいいかもしれない。
「そうですよ。あなたのやる気、しっかりと伝わりました、面接の趣旨はクリアしていたじゃないですか」
「でも、これまででも一番おかしな面接になってしまいましたし……。きっと、面接官の方に変な奴が来たって、あとで笑われるタイプのものかなって……」
その気持ちはわからなくもない。面接官が参加した飲み会でネタにされるような行為だと言っていいだろう。
「そういう方向に持っていったのは、こちらのほうです。それをおかしいと言うのはフェアじゃありません」
たしかに開口一番、復讐するためにこの会社に入りたいとか言ってきたら問題があるが、彼女はむしろ最初は無難に進めようとしていたはずだった。
「それにあなたみたいな、内気なタイプの方から本音を引き出すのも面接官の仕事ですよ。それができる前から不合格にするのは面接官失格です」
何もおかしなことを社長は言ってないはずなのに、俺は目から鱗が落ちた気がした。
審査される側にだっていろんなタイプがある。それを機械的な対応をして、いい受け答えをできない奴だからダメですだなんて、傲慢もいいところだ。
そんな殿様商売ができるほど、黒魔法業界は人であふれてはいない。
けんもほろろに追い返せば、それこそ、彼女が言ったように、復讐してやると思うような敵を作りかねない。そこに業界的なメリットも、会社的なメリットもない。
まだ、彼女はぽかんとしている。そういや、採用されたことが一度もないんだもんな。現実をまだ実感できてないんだな。俺も落ちまくった経験があるから、わからなくもない。
「すいません、ほっぺたつねってもいいでしょうか?」
「夢じゃないですから、大丈夫ですよ。悪夢を見せる魔法も使っていません」
悪夢を見せる魔法はメアリがものすごく得意だ。直接喰らったことはないから実態は不明な部分もあるけど。
「じゃあ、就職できるんですか……? こんなわたしが就職できるんですか……?」
「だって、そのための面接ですよ?」
「でも、週二のバイトとか、その程度のものですよね……?」
この子はこの子で、卑屈すぎるな……。
「黒魔法使いじゃない方を採用したことはないので、細かな条件面は詰めていきたいと思っていますが、正社員待遇は間違いないです」
さらに、彼女はぽかんとした。
魂を抜く黒魔法を直撃したみたいになっている……。




