192 自己アピール
「黒魔法業界ははっきり言って、あまり人気のお仕事とは言えません。言われなき差別を受けるようなことだって絶対ないとは限りません。それでも、黒魔法業界を選ぶだけの覚悟や意義をあなたはお持ちですか?」
ああ、ケルケル社長はやさしくはあるけど、甘いわけじゃないんだな……。
相手ととことん本気で向き合うつもりなんだ。
彼女には酷なこともかもしれないが、もう、これは終わっただろうな。
俺はそう思った。
だって、この子は消去法で黒魔法業界を受けに来ただけでしかないだろうから。
白魔法の会社やほかの一般企業の事務員は人気が高い。だから、黒魔法の企業ならとこの会社に応募してきた。
そこに覚悟も意義もないだろう。面接で大きなマイナスにはならないような、無難な返答はできるかもしれない。けど、そんなものは社長に絶対に見透かされる。
「あの、本音で言ってもいいんでしょうか……?」
小さく手を挙げて、その子は確認してきた。
でも、なんでこんなことを聞くんだ?
「もちろんです。そうでないと無意味ですからね。『御社の精神に共感して~』みたいな定型文はいらないです。むしろ、困ります」
「では、答えます。わたしがこの会社を受けようと思った理由は…………」
彼女の言葉はなかなか出てこない。
ああ、言葉を用意していなかったんだろう。だから、詰まっているんだろう。
結論から言えば、違った。
言葉が攻撃的すぎて、口にするのを彼女もためらっていたせいだった。
「…………白魔法に…………復讐するためです」
復讐!
面接では絶対に出てこないような単語がその子の口からたしかに漏れた。
違う。漏れただなんてものじゃない。
はっきりと自覚的にその言葉を彼女は選んだんだ。
ムーヤン・サルフェンドの表情は一種の怒りをはらんでいた。
「詳しく聞かせていただいてよいですか?」
社長もちょっとばかり驚いているのがわかった。
後ろで尻尾が変な動き方をしていたからだ。
「はい。わたしは……まずは白魔法の事務員の期限付きのお仕事などをいくつか受けました。でも、いくつかの会社はわたしが学校を中途退学しているところを見て、こう言いました」
――悪いけど、学校も続けられない子に仕事を続けるのは無理なんじゃない? こっちのほうがよっぽどストレスかかるからねって。イジメなんかより、うちの会社で働くほうがよっぽどつらいこともあるからねって。
彼女のその言葉を聞いた時、俺の胸の内まで、どす黒いものがたまっていくように思えた。
その場を俺は見たわけじゃない。
でも、彼女のことを嘲笑気味に扱う面接官の顔が自然と浮かんできた。
ムーヤン・サルフェンドの怒りは、自分をバカにしたすべての人間に向けられているのだ。
「わたしはたしかにつまらない人間だと思います。いじめられたこともあります。原因の一部も自分にあるのかもしれません。ですが、それを赤の他人に笑われる筋合いはありません! 最初に笑われた時、悔しかったです! 文字通り、涙が出るほど悔しかったです!」
もう、面接としては無茶苦茶だ。こんな感情をさらけ出すようなことをしたら、普通の面接ならその時点で落ちる。面接というのは、感情をぶつけて、ありのままの自分を見てもらう場ではないからだ。
だけど、この会社は普通ではない。
でなきゃ、俺がこの会社で楽しく働けているわけがない。
「だから、復讐してやりたいんです。わたしはそんなつまらない人間じゃないって見せつけたいんです!」
「俺からも質問させてください」
俺はうつむいてる彼女のほうを見て言った。
「復讐って具体的にどうやってやるんですか? あなたは事務員ですよね。仮に黒魔法使いだとしても、別に白魔法使いと戦える場なんてないですよ」
面接について本で読んだことはほとんど意味を失っていた。
俺自身が率直に、ただ、ただ、彼女に向き合っていれば、それでいいんだ。
こういう表現が正しいのかわからないけど、面接というより問答って感じになっている気がする。
「…………ええと……………………ることです」
そこで彼女は少しだけうつむいた。
そのせいで、言葉ははっきりとは聞こえなかった。
やっぱり自信がなくなってきたんだろうか。おそらく、気が強いような性格じゃないと思うし。
「申し訳ないですが、よく聞こえませんでした。もう一回、はっきりとこちらを見て、言ってもらえませんか?」
俺の言葉は冷たいだろうか。きついだろうか。
けど、ここでうつむいてしまうようだったら、人に自分の想いを伝えられないようだったら、きっと採用することなんてできない。
ネクログラント黒魔法社は企業だ。慈善団体じゃない。
過去にかわいそうな過去があったからというだけでは採用できない。
これまでの社員のみんなもその実力を買われている。
そこで彼女はゆっくりとだけど、顔を上げた。
目に涙がにじんでいる。
それは弱い自分への悔やしさみたいに見えた。
「真面目に、堅実に、着実に、仕事をして……会社がわたしを雇ってよかったって思えるような成果を出して……わたしをバカにした会社に、あの時採用しておけばよかったって、後悔させることです!」
どうにか、彼女は言い切った。
その瞬間、彼女の心の闇が少し晴れたように見えた。表情に笑みが戻った。
「それが、わたしなりの復讐です! 魔法も、腕力もない、わたしがやれるたった一つの復讐のやり方です! 簿記や会計処理の資格も取りました! ……や、や、やれると思います! やり遂げます! 笑われるのも、憐れまれるのも、もうおしまいにします!」
そこで、ぜえぜえと彼女は息を吐いた。
「い、以上です……」
ケルケル社長がふふふっと楽しそうに笑った。
「な~んだ、ちゃんと自己アピールもできているじゃないですか。面接はそうやってすればいいんですよ。といっても、他社でやったら多分、一発で落ちますけど」
「あの……わたしが聞くのもおかしいかもしれませんけど、自己アピールになってましたか……?」
「ムーヤン・サルフェンドさん、あなたの負けん気の強さ、この私はしっかりと知れましたよ」




