191 面接開始
社長にはぶっつけ本番でいいと言われたけど、それはそれで何か違うと思ったので、自主的に面接について学ぶことにした。
面接を受ける側だって、面接官がずぶの素人だったらムッとするだろう。単純に受ける側に失礼だ。
会社の地下には巨大な書庫がある。
無論、大半は黒魔法に関するものだけど、中には企業に特化したものというか、面接に関する本もちゃんと置いてあった。社長が長い時間をかけて集めたものだ。
そういった本を持って帰って読む予定だったけど、社長にこう言われた。
「ダメです」
「なんでですか……?」
「面接について勉強するのは、労働ですよね。時間外労働をやろうと思えばいくらでもできちゃうわけです。そんなことを許しては管理者として失格です」
このあたり、いかにも社長らしい。
「あと、フランツさんはそんなことないと思いますけど、書庫内には貴重な書籍もありますからね。紛失されたりすると大変なことになりますから。貸し出しは原則認めてないんです。その本を悪い魔法使いが奪おうとすることも考えられます」
「面接官のあり方についての本にそんなのないと思いますが」
「八百年前に書かれた『正しき面接官について』は国の図書館から寄贈してほしいというお願いを受けたこともあります。大切に保管してるから大丈夫だと断りましたが」
文化財みたいな本もあった!
「わかりました……。この書庫で読みます……」
まあ、決められた時間で集中してやるほうが効率はいいしな。
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社長は支援施設の人と連絡をとって、面接日程を決めたらしい。
前日に俺も面接を受ける子の履歴書を見せられた。なかなか見せてもらえなかったのは、イメージが先行するのを防ぐためらしい。
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△氏名
ムーヤン・サルフェンド
△性別
女
△年齢
17歳
△住所
王都大僧正通り大虎橋8番地 学習支援施設『新しい学びの苑』
△学歴
コルチ郡立中級学校二年生にて中退
中級学校レベル学力認定試験合格
△職歴
なし
△志望動機
自分の力を生かせる職場を探しています。
△長所
真面目に学習支援施設にて勉強してまいりました。事務員のような、こつこつとやっていく仕事には向いている性格だと思います。よろしくお願いいたします。
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やっぱり、本物の履歴書を見ると、緊張するな……。
「字はきれいですね。上手い以前に丁寧に書いているのがわかります。こまやかな性格まで伝わってくるようです」
「社長、文字だけでそこまでわかるんですか!」
やっぱり社長はすごい!
「あっ、半分ぐらいは冗談ですよ? 手のつけられない乱暴者だけど字はきれいな人なんていくらでもいますし。これだけじゃわからないから面接をするわけですし」
「で、ですよね……」
ちょっと恥ずかしい空気になってしまった。
さて、いよいよ明日は面接だ。
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俺とケルケル社長は小会議室でスタンバイしている。
長机に俺と社長の席。そして、前には面接を受ける子が座る椅子が一つ。
「今更ですけど、黒魔法の会社の面接と言っても、ものすごくスタンダードなんですね」
もっとおどろおどろしい空気をかもし出した場所を用意するのかと思ったけど、ごく普通の面接会場だ。とくにドクロとかコウモリの紋様が入ったカーテンを用意したりもしていない。
「これが我が社のやり方ですからね。変に気負った空気を出すのもおかしいですし」
そりゃ、毎日、羊を生贄にしてるような会社じゃないしな。
俺は自然と視線を履歴書に落とした。
当たり前だけど、どんな顔の子が来るのかまではわからない。どうも、落ち着かないな……。
魔法学校とかでも、ウェーイ系の奴らは他校の女子生徒と合コンしたりしてたらしいけど、こんな気持ちで女子を待ってたりしたのだろうか?
俺はやったことないからなんとも言えないが、おそらく違うだろうな。
「なんだか、フランツさん自身が面接を受けるみたいに緊張してますね~」
社長に笑われてしまったが、その指摘はあながち間違ってない。
「いや、やっぱり緊張しますよ。だって、これでその人の人生が決まってしまうかもしれないわけですから……」
「もっと気楽にと言いたいところですけど、そこがフランツさんのいいところでもあるんで、しょうがないですね。しっかり悩んで成長してください♪」
「わかりました! 腹をくくります!」
俺がそう叫んだ直後――
とんとん、とんとん。
小さなノック音が聞こえてきた。
社長にぽんぽんと手の甲を叩かれた。俺が呼べという合図だ。
「入ってきてください!」
扉がゆっくりと開く。
室内に入ってきたのは、小柄な女の子だ。
見るからに緊張しているのがわかる。少なくとも、俺の三倍は硬くなってると思う。
髪型はストレートヘアー。服もいかにも面接用という感じで、清潔感はあるけど地味めのものになっている。
「ム、ムーヤン・サルフェンド、でひゅ……です」
いきなり噛んだ! もう、ガチガチだな!
「それでは面接をはじめさせていただきますね。よろしくお願いいたします」
にっこりとケルケル社長が笑いかける。これで緊張も解けたかな――と思ったけど、そんなことなかった。まだまだ硬い。
「は、は、はい……。不束者ですが、よろしくお願いしまひゅ……します……」
また噛んだ! 序盤からかなりハードなスタートだな……。
審査する俺が応援するのはおかしいかもしれないが、応援したくなる。
「それでは早速、面接を開始いたしますね」
社長の言葉で俺も気持ちを整える。俺も相当緊張している。
「ムーヤン・サルフェンドさん、あなたは本当に黒魔法業界で働きたいと思っていますか?」
社長の質問はいきなり核心に近いようなものだった。
「えっ……? それは……どういうことでしょうか……?」
女の子も少し戸惑っているようだった。




