190 面接官をやれ
「その方は学校の卒業資格にあたるものは、学習支援施設で勉強して獲得されたそうです。この会社では、学校の卒業資格を必須にはしていませんが、とにかく、事務員をできるぐらいの学力があるということはわかりますよね」
「ですね。文字を書けない人が事務員になってもつらいでしょうし」
だとしたら、能力上はとくにミスマッチもなさそうだ。
だが、そこで社長の耳が少しぺたんと寝たように見える。どうも悩んでいるらしい。
「ただ……うちは黒魔法の会社で、過去にも魔法が使えない人を採用したことはないんですよね……。そこに不安材料はないと言えばウソになりますね……」
「そういえば、魔法の業界でも大きな会社なら事務員さんとかいますよね。面接に行った時とか、あっ、魔法使いじゃないなって人が受付にいたりしました」
いや、実は魔法が使えるのかもしれないけど、魔法使いかどうかは雰囲気でけっこうわかる。
「でも、魔法業界の大きな会社というと、十中八九、白魔法の会社ですよね。そうでなければ、魔法関係の総合商社のような大手企業です」
そのあたりのことは俺もわかる。隣にいるセルリアもうなずいていた。
「で、そういう会社は事務員さんも魔法使いとは別枠で募集してますけど、人気で、すぐに埋まってしまうんですよ。あと、いい学校を卒業した人が試験を受けて、そういう人が採用されがちです。やっぱり学歴はついてまわりますよね……」
「学校の卒業資格に相当するものがあっても、結局はいい学校を実際に卒業した方が有利ということですわね。そういうことは魔界でもありましたわ」
セルリアが切なそうに言う。学校の学力もピンキリなので、どうせなら学力が高いところの生徒を選ぶのは採用側としては当然の心理だろう。
「あ~、だから黒魔法の会社に来たってことですね……。人気がない業界だから、あわよくばってことで……。あと、今になって受けたいって時点で、まだ採用が決まってないわけで……」
こくこくとケルケル社長が首を上下させた。ついでに尻尾も上下する。
大半の企業なら、とっくに内定者なども確定しているはずの時期だ。つまり、最低でも一般的な新卒採用のシーズンでは、今回うちに来たいと言ってる子は就職先が決まらなかったのだろう。
「朝にいらっしゃっていた支援施設の方のお話しですが、学校の卒業資格を得られるまで勉強しても、面接だとやはり印象が悪いみたいで……なかなか人気の会社には入れないそうです。そういうものなんですかね。だとしたら学校の外で卒業資格を得られる意味があまりない気がするんですが……」
ここ最近、景気もよくなって、以前ほど就職する側にとって不利ではなくなってきつつある。
もっとも、それはすべての仕事を同じ仕事と同列にみなした場合のことだ。
言うまでもなく、人気のある仕事もあれば、不人気の仕事もある。人気が高い仕事はまだ企業側が人を選べる状態にある。
露骨な差別をされることはないだろうけど、どうしても経歴が特殊だと変な色をつけて見られるってことはあるかもしれない。
イジメに遭っていたとしたら、本来、被害者でしかないはずなのだが、採用する側からはそれがなぜか悪い印象に映る。たとえば、学校という環境で孤立してしまっていたのなら、会社でも孤立して、辞めてしまうのではとか考えてしまうのだろうか。
しばらく社長と話をしていたが、肝心なことをまだ聞けていない。
「それで、ケルケル社長はどうするつもりなんですか? 事務員を雇ったことはないんですよね」
「とにもかくにも、面接を行って決めたいと思います」
意外にも、そこは社長は即答した。
「事務員の仕事は、うちも会社ですから、ないこともないとは思います。私やほかの方の手間暇が減れば、それで別のお仕事を受注することもできるでしょう。そこはどうにかなるかなと」
なんだ、懸念材料なんて、あってないようなものだな。
「でも、黒魔法の会社がその方に合いそうか、そのあたりの審査は厳密にやりたいと思います。黒魔法業界は一般の企業とはまた違いますからね」
たしかに。
採用はしたけど、その人が黒魔法業界についていけず、不幸になってしまったら本末転倒だ。
雇って、三日でその子が辞めるなんてことになれば、会社にもその子にも損にしかならない。雇う側にもそれなりの責任がある。
「なので、この会社に約一年いたフランツさんから見て、その人がやれそうかどうか見極めてあげてください。能力面は私のほうで判断しますから」
「わかりました。やれるだけやってみます――――あれ?」
何か話がおかしい。
「すいません、見極めるって具体的にどうやって……?」
「面接にフランツさんにも参加してもらおうと思っています」
「へ? 俺がですか? まだ一年間も勤めてないですよ?」
話がおかしな方向に進みだしたぞ。
「ほら、私は年齢が五世紀じゃないですか。最近の若い方の気持ちとかわからないんですよ。価値観なら、フランツさんのほうが絶対に近いはずなんです」
言われてみれば、ちょっとしたジェネレーションギャップというレベルじゃないな。
「ファーフィスターニャさんやトトトさん、レダさんあたりは感性が特殊ですし。サンソンスーさんは日程が合いません。エンターヤさんもおそらく相当厳しくチェックするんですよね」
あっ、これはもう丸め込まれる流れだ……。断れない流れだ。
「面接官、やれる範囲でやろうと思います……」
俺が力なく言ったすぐ横で、セルリアが「ご主人様、ファイトですわ!」と盛り上がっていた。
「じゃあ、面接日までにできる限り、面接官側の勉強をしてきます」
「いえ、ぶっつけ本番でもいいですよ」
「え、いや……俺も面接官ビギナーですし……」
むしろ、俺は白魔法の面接で落ちまくったぐらいだから、面接の素質などない。
「でも、フランツさん、『あなたの趣味は何ですか?』とか、よくあることを聞いたところで、何もわからないですよね?」
「ですね……」
俺の頭に過去に落とされまくった恨みつらみが浮かび上がる。
どうして弊社を受けようと思いましたかなんて質問をして、何がわかるんだ。
入りたいと思ったからじゃダメなのか!? 入りたくなきゃ、面接に来ないだろ!
そこを重視したら、面接の受け答えが得意な奴ばかり採用されることになるからな! それで会社が発展するかどうかは別問題だからな!
「フランツさん、目が怖くなってますよ」
「あっ、すいません……よくよく考えたら俺って面接に思うところがある人間でした……」
まっ、俺がムカムカさせられた面接官みたいにはならないようにだけは心がけよう……。




