187 いろんなことを学んだ
そのあと、ホテルの部屋に行って、口で言うのがはばかられることをたくさんやりました。
ヴァニタザールが要求してくることは徹底して変態的でマニアックなのだ……。
差しさわりがない範囲では、なぜか裸になったヴァニタザールに首輪と紐をつけて、部屋の中を散歩させたりした。黒魔法的と言えば黒魔法的だけど、やりすぎではないかと思う。
「たまに紐を引っ張って、このバカ犬とか言ってくれない?」
「こ、このバカ犬……。あの、こんなことして楽しいんですか……?」
「ふふ、普段真面目に社長業をやってるとね、ストレスがたまるの。だから、やれるところまで背徳的なことをやらないと落ち着かないってわけよ」
これでガス抜きができて、立派な社長をやれるなら別にいいのだろうか。
「本当は夜に、このまま町を散歩させてもらいたいんだけど、見つかると逮捕されてしまうから。ホテルの一室で我慢しているわけよ」
「そこにはまだ理性が残ってるようでほっとした……」
俺もこんなことで逮捕されたくない……。まだ食い逃げとかで捕まるほうがマシだ……。
「でも、人間は誰しも変態的な欲望を持っているものよ。たとえば、君もケルーをこんなふうに裸にさせて首輪つけて散歩させたいと思ったりしない?」
脳内に、裸のケルケル社長に首輪をつけて散歩させてる画が浮かんでしまった……。
「うああああ! 社長、許してください! 違うんです、違うんです! 俺はそんな悪人でも変態でもないんです!」
俺は頭をぶんぶん振った。こんなものは断じて認められない!
「否定しなくていいわよ。むしろ、人間なのに支配願望が一切ないほうが気持ち悪いわよ。そんなの、野生動物だってごく普通に持ってるものだし」
大人びた顔でヴァニタザールが言った。
ただ、ヴァニタザールは裸で四つん這いになっている状態なので、あまり見ると説得力が欠けそうだけど……。
「どっちかというと、その支配願望を抑圧しすぎて爆発させるほうが危ない。そうなると、化け物になってしまうからね。で、黒魔法業界の偉いのには――」
――そういう化け物が多数いる、とヴァニタザールは言った。
「かつての黒魔法は本当に今と比べ物にならないほどに恐ろしい世界でね、そんな時代にのし上がった奴らの価値観はぞっとするほど恐ろしいものよ。人を殺すことにまったくためらいがない。当時は命の価値が今よりはるかに安かったからね」
「そういえば、歴史の本を読むと、昔はやたらと人が処刑されてる気がします……」
「そんな連中が中央黒魔法委員会には残ってるの。なので、中央黒魔法委員会も労働団体から見たら、悪の組織だけど、ヤバすぎる奴を組織に入れて暴発しないように押しとどめてるって面もあるのよ。気に入らない奴を百人単位で生贄にするとかできないからね」
聞いているだけで、背筋が寒くなった。
ああ、ネクログラント黒魔法社にいるから普段は気付かないけれど、黒魔法は黒魔法で、その淵源は本当にどす黒くて、おぞましい世界なのだ。
「だから、君も中央黒魔法委員会の幹部たちを直接ぶっつぶそうだなんて考えないほうがいいわよ。いくら君でも命はない。君以外のみんなの命も危険にさらされる。残念ながら世の中は悪い奴を倒してすべて解決ってほどには単純じゃないからね」
「俺も社会人だし、それぐらいはわかってるつもりです……」
仮に中央黒魔法委員会が消滅しても、かえって恐ろしい魔法使いが野に放たれたようになるだろう。
「なら、いいわ。ケルーも君に中央黒魔法委員会のことはあまり話してなかったんじゃないかな。君は正義の心が強くて真面目だからね。かえって危ない」
「そういえば……」
たとえばギャングが許せないと思って、すべてのギャングにケンカを売ったらどうなるか。
どう考えても、生かしておいてはもらえないだろう。
それと似たことになる。
「ごめん、脅しすぎたかもしれない。組織があるってことは話し合いも可能ってこと。昔と比べれば業界はよくなってる。そこは心配しないでいいわよ」
ヴァニタザールは立ち上がると、首輪を自分ではずした。
この人も今はケルケル社長のように業界のために頑張ろうとしてくれているんだ。
「じゃあ、次はこの筆で私の体に落書きをしてもらえるかしら」
「何、言ってるんですか……」
「夜に会議があるから、服を着ていれば見えないところだけで頼むわ」
「…………」
「ひとまず、このあたりに『ご自由にお使いください』と書いてくれる?」
なんで、こんな奴が上級の魔法使いなんだろう……。
●
翌日の新聞では黒魔法使いのストライキで王都が大混乱になったと書いてあった。
新聞の論調は、やはり黒魔法は社会に必要な職業だと再認識したというもので、基本的に黒魔法使いを尊重するものだった。それだけでもストライキの効果はあったと言えるだろう。
そして、夜のうちに会議で賃金アップが了承されて、ストライキそのものは一日で終わったらしい。おおかたの予想どおり、労働団体側が勝利したということのようだ。
「この世の中に不要な職業なんてないってことだね」
メアリが真面目な顔で新聞を読みながら言った。
「だな。俺も今回の件でいろんなことを学べたよ」
「本当にそうみたいですわね」
セルリアが目をきらきらさせながら俺のほうを見つめている。
「ご主人様のサキュバス的行為のレベルが今までよりはるかに上がっているのをオーラで感じますわ! きっと、ヴァニタザールさんから多くのことを得たんですわね!」
「違う! いろんなことを学んだっていうのはそういう意味じゃない!」
ものすごく変な経験をしたけど! あれはまた別だから!
「うわあ……フランツ、サイテー……」
メアリが軽蔑した目でこっちを見つめてきた。
なぜ、俺が軽蔑されるんだ! 納得いかない!
その分、セルリアからは尊敬されてたけど、それはそれで複雑な心境だった。
ストライキ編はこれにて終了です。次回から新展開です!




