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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
黒魔法業界ストライキ編

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186 業界の汚いところ

「だから、代価として君の体を久しぶりに借りたいんだけど」

 にやにやとヴァニタザールは笑いながら言った。


「……それはどういう意味ですかね?」

「君がそこのサキュバスや偉大な魔族としょっちゅうやってるようなことのために借りたいの」

 やっぱり、そうなるよな!


「わらわは、しょっちゅうは……や、やってないよ! だいたい、抱き枕止まりだよ!」

 顔を赤くしてメアリが否定したが、それだとたまにはやってるということになるぞ。事実として、そうだけど……。


「細かいことはどうでもいいよ。それで、どうするのかしら? 借りていいの? ダメなの?」

 ヴァニタザールにもてあそばれている……。

 そして、こっちに拒否権などないようなものだった。


「わ、わかったよ……。フランツを貸すよ……。でも、夜の黒魔法の会議にはちゃんと出てね……。ヴァニタザールは労働者側の肩持ってくれそうだし、調整役としても悪くない立場だし」

 なぜ許可をメアリが出してるのか気にはなるが、それもきっと「細かいこと」の範疇はんちゅうに入るのだろう。

「そこは任せて。私もあまり黒魔法業界の評判が悪くなると、自分のほうにも風評被害が出るから、困るもの。業界はクリーンなイメージのほうがいいからね」

 ならば、基本的に利害は一致しているんだな。


「じゃあ、ヴァニタザール、俺のほうも異論は……ない。時間まではお前を楽しませてやる……」

 そう言うと、すぐに腕をとられた。

「じゃあ、私の泊まってるホテルまで行きましょう。何かほしいものがあったら買ってあげるわ。いい靴とか杖とかほしくないかい?」


 完全に女社長の愛人役になっている……。

「いや、今はとくに……」

「そう。ほしいものがあったら遠慮せずに言っていいのよ。別荘とかどこかにほしかったら、それも言ってくれていいから」

 女社長の愛人ってそんなものまで買えるのか!


 こうして、俺は墓地をいちゃつかれながら離脱した。

 ある種、墓地にとっては罰当たりな人間だな……。


 だが、墓地を出て通りに出たあたりで――

 ヴァニタザールの発する雰囲気が変わった。

「ごめん。少しやらないといけない仕事が増えたわ」


 まるで臨戦態勢といった真剣な顔。

「仕事? 急用でも入ったとかですか?」

「そう時間は取らせないし、君も危険に巻き込むことはないから安心していいわ」

 そして、植え込みの裏に隠れると、ヴァニタザールはなにやら魔法陣を描いて、詠唱をはじめる。

 これは精神支配を行う紫魔法のものだ。


「えっ? 何をするつもりなんだ……?」

 まさか、紫魔法でアンデッドを洗脳した時みたいに、俺を洗脳するんじゃないだろうな……。まだ、この人は何をするかわからないところがあって怖い……。


 でも、ヴァニタザールの意識は明らかに俺のほうには向いていなかった。

 詠唱が終わると、魔法の淡い光が交差点の角で立っている男一人にぶつかった。


 墓地が近くて、人通りは少ないところだから、気にしている人間はいなかった。

 その光を浴びた人間はゆっくりと俺たちのほうにやってくる。

 どこか、ぼうっとしたような顔をしているのは、紫魔法を受けたせいだろう。


「ちょっと! これは犯罪ですよ! あんまり更生してない!」

「でも、犯罪者は多分、この男のほうよ」

 ヴァニタザールはふざけているわけではないようだ。それから、男にこう尋ねた。


「答えなさい。あなたは誰かから仕事依頼を受けた?」

 男は焦点の定まらない目をしたまま、片言でこう答えた。


「ハイ、中央黒魔法委員会ノ幹部カラ……」

 とんでもないことを男は口にした。

 それって、ヴァニタザールも会議に出る業界団体の名前じゃないか……。


「私の使った魔法だけ説明しておくわね。精神支配系統の魔法の中でも『自白誘導』ってもの。あとはこの男が語ってくれるから知りたくなくてもだいたいわかると思う」

 ヴァニタザールは俺のほうを一瞥して、また男のほうを向いて質問を続けた。

「あなたはギャングに属している掃除屋かしら?」

「イイエ、フリーノ掃除屋ノ黒魔法使イデス」

「依頼人の意図は知ってる?」

「黒魔法青年団ノ有力者ヲ消シテ交渉時ニ威圧スルタメデス。政治力ノアル者ガ上ニ立ツト経営者側ニトッテ長イ期間不利ニナルノデ」


 声が出なかった。もっとも、あまり声を出すべき局面でもなかったけど。

 とんでもない手段が実行されるところだったわけだ……。


「経営者側には、まさしく黒魔法らしく黒い経歴の奴もいるからね。あらゆる手段を使ってくるの。上のほうはまだまだクリーンとは程遠いね」

 そのあと、ヴァニタザールはどの中央黒魔法委員会の幹部が関与しているか尋ねたが、掃除屋は知らないらしく答えられなかった。


「わかったわ。あなたは明日の朝日がのぼるまで、そのへんでぼうっとしてなさい。食事は適当に店に入ってとっていい」

「ハイ、ワカリマシタ」

 最後にヴァニタザールは掃除屋を無力化した。


「業界の汚い面を見せてしまったわね。本当の意味で汚い面を」

 少し自嘲気味にヴァニタザールは言った。

「君は黒魔法業界はとんでもないところだって学生の頃までは聞かされてたんじゃない?」


「はい。生贄とかばんばん捧げてるようなところだって考えてました……」

 ネクログラント黒魔法社に入って、それが偏見だと知ったけど、魔法学校の生徒でそれだから、魔法も使わない一般人ならなおさらだろう。

「業界の中にはそんな時代から生き残ってきた、文字どおりとんでもない奴も残ってるわけ。そういう連中は犯罪行為も辞さない。今回のストライキは話が大きくなってたし何かしてくるんじゃって思ってたわ」


 共同墓地のあたりで固まってる黒魔法使いに何かあるとヴァニタザールは読んでいたのだろう。

「紫魔法は相手の精神に影響を与えるからね。変な話、事前に注意されてると効き目が弱くなるの。なので、いちゃついている男女が通ったと思わせて、油断させておきたかったというわけ」


「じゃあ、俺とホテルに行こうって言ったのも、このため――」

「いや、それはそれ。これはこれ」

 ホテルには行くらしい……。


「掃除屋は通常、何人も同時には雇わない。足がつきやすくなるし、ギャラが下がるから掃除屋側も嫌がる。最低でもこの男はほかに雇われてる奴がいるって知らないし、おそらく大丈夫でしょう。さあ、行くわよ」

 ヴァニタザールは再び、俺に腕を絡めてきた。


 俺も動揺していたから、体のぬくもりを感じられるのは悪いことじゃないなと思った。

 ぬくもりで、その分、安心を得られるから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女社長の愛人て素晴らしいですね…
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