185 なくてはならない仕事
このまま墓地から去ってもよかったけれど、同業者としてあいさつぐらいはしていこうかと思った。
「ストライキ、お疲れ様です」
俺は黒いローブを頭にかぶっている彼らのところに行って、頭を下げた。
「ご理解いただき、感謝します」
代表役らしき中央の男性が頭を下げる。
「実は俺も黒魔法業界で働いているんです。ネクログラント黒魔法社って言うんですが」
「ああ、あの会社ですか」
やはり社長の会社は有名らしく、彼らの多くが、「ああ、そこか」という顔をした。
正直な話、会社名を出すべきか迷った。
俺たちは確実に業界の中で報われている側だ。お前らばかりいい目を見やがってと妬まれたりするかもしれない。
でも、だからこそ、生の反応が見られると思って、言った。
代表役の人は相好を崩した。
「立場は違いますが、一緒に頑張りましょう。今日、ここにいらっしゃるということは、我々の考えに協力してくださっているということですよね。改めて感謝いたします」
どうやら、この人は度量が広いらしい。
「俺、去年の新卒なんですが、今まで黒魔法業界がそこまで大変なんだって気づいていませんでした。少しだけ申し訳ない気持ちもあります」
「いえいえ。むしろ、あなた方が黒魔法業界が明るいということを示してくれているから、我々もはりきれる部分もあるんです。ほら、あっちの会社はあんなに条件がいいのに、うちはどうしてこんなに悪いんだと言えますからね」
ああ、そういうとらえ方もできるんだな。
「これまでもネクログラント黒魔法社のケルケル社長にはお世話になってもいます。みんな、あれぐらい理解のある社長ばかりならいいんですけどね」
社長、ここでも活躍していたのか! 行動範囲が広すぎる!
「我々は主に墓地でアンデッド化を食い止める仕事をしています。王都の土地は古来の戦争などで地中にいろんなマジックアイテムが眠っています。そういったものがアンデッドを作ってしまうことがあるんです」
横から別の人が「当然、悪意を持って、アンデッドを使って王都を混乱に陥れようとする可能性もあります。そういう者を止めるには軍隊だけでは追いつきません」と付け足した。
黒魔法使いの中心は目立たない仕事だ。
それはむしろ目立ってはいけない仕事と言ったほうがいいかもしれない。
彼らが目についたとしたら、それは王都になんらかの危機が迫っている状態なのだ。
「かつては黒魔法使いも、生贄を使った呪詛とか邪悪なことを請け負っていたようですが、そういうこともめっきり減りましたね。そもそも犯罪行為ですから罰せられますし」
「そりゃ、裏稼業だと組合なんて作れないですよね……」
「そういうことです。呪詛の罰則が法律で厳しく規制された時は、それで黒魔法使いもいなくなるなんてテキトーなことを言った有識者たちもいたんですけど、黒魔法使いの需要自体はちゃんとあるんですよ。むしろ都市化が進んで増えてるとすら言えます」
不法投棄のマジックアイテムか……。
王都には魔法使いももちろんたくさん集中して住んでいる。工房も無数にある。
そのうちのごく一部が薬品やらアーティファクトやらをずさんに扱えば、それは危機を作る元になる。
「まっ、結局、人間が欲にとり憑かれて生きている間は黒魔法使いの仕事はなくなりませんよ。そこは安心してます。人間が生きていて死ぬ以上、医者がなくならないようなものです」
「勉強になりました。ありがとうございます」
ふと、誰かの視線を感じた。これはメアリでもセルリアでもない。もっと違う誰かだ。
ヴァニタザールが腕組みして俺のほうを見つめていた。
ケルケル社長のかつての盟友で、以前にアンデッドをたくさん奴隷のように使役していた女だ。今はまっとうな会社に変わってるはずだけど。
「王都が騒がしくなるなと思って、来てみたのよ。なかなか派手にやってるようね」
くすくすとヴァニタザールは笑っていたが、昔のような悪意みたいなものはない。今は話せる人だ。
「それに君も最近来てくれないからね。今日はこっちから来たの」
ヴァニタザールの視線がいやらしい……。これはまた体を狙われている……。
「せっかくだから、君たちでお茶でもどう? ストライキ中だから時間はあるんでしょう?」
●
俺とセルリア、メアリの三人はヴァニタザールにお店に連れていかれた。
メアリはうさんくさそうにヴァニタザールをにらんでいるが、相手は意に介していないようだった。
「君の会社で雇ってるアンデッド社員は今日はどうしてるの? ストライキ中なの?」
「面倒だから最初から休みにしたわ。一日操業を停止したところでつぶれるほど切羽詰まってるわけじゃないからね」
その点、ヴァニタザールも経営者としては才覚があるんだよな。
「今日、こっちに来たのは観光――と言いたいところだけど、立場上、業界団体の中央黒魔法委員会に助言する役目として適切なんでやってきたってわけ」
そこでヴァニタザールは自嘲的に笑った。
「ひどい環境で働かせて大混乱を招いた先駆者だからね」
たしかに……。ヴァニタザールはアンデッドを使った超奴隷労働を行って、結果的にそれを止めさせるために俺たちが乗り込むことになった。この場合、働いていたのは黒魔法使いじゃなくてアンデッドだけど。
「黒魔法使いがいかに今の時代に必要とされているか、黒魔法使いがいないと王都が維持できないかをゆっくり説いて聞かせるつもり。夜から会議があるのよ」
「ぜひお願いします!」
俺はヴァニタザールに懇願した。
「ついさっき黒魔法使いの現状を知ったばかりの俺だけど、少しでも同業者の環境がよくなるなら、そうなってほしい! それに、黒魔法使いがなくてはならない尊敬される仕事だって世間的に知られれば、なろうと思う魔法使いも増えるかもしれないし」
それに黒魔法使いが減れば、本当に王都もこの王国も危機にさらされる。
この一日だけでもそれを実感した。
何もない平凡な一日のようでも、その裏にはそれを全力で守っている人々がいる。
「うん、そのつもりさ。ケルーにも頼まれているしね」
やっぱりヴァニタザール、人間としてすっかり善人になったなと思った。
「だから、代価として君の体を久しぶりに借りたいんだけど」
久しぶりのヴァニタザール登場です。あと、文庫3巻発売の時にヴァニタザールの口調を少しだけ変えました。なので、本編のほうも口調を文庫のほうに合わせています。なにとぞ、ご了承ください。
4巻の作業も僕のほうはほぼ終わりました。発売はもうちょっと先だと思いますが、お待ちください!




