184 無言のストライキ
「下水道とかにゴミがたくさん流れ込むでしょ。その中にマジックアイテムの廃棄物とかも紛れてる都市部だと、ああいうのが出たりすることもあるんだよ」
「え、あれってよく出るものなのか……? 俺、王都に数年住んでるけど、一度も見たことないぞ」
あんなのがどんどん溝から出てくるなら、平和な暮らしは成り立たないだろう。最低でも、住みたいと思わない。
「だとしたら、出ないように誰かが汚物や下水道で働いてるってことじゃないのかな」
メアリの言葉はどこかぼかすようなものだったけれど、すでに真相を言っているに等しかった。
「そんな仕事をしてるのが黒魔法使いってことか?」
キモイ・キタナイ・キケンの3Kが頭をよぎった。
溝や下水道からあんなのが生まれないようにする仕事――どう考えてもみんなやりたがらないような仕事だ。
「わらわも人間の都市についてはそんなに詳しくないけど、そうなんじゃない? おそらくマジックアイテムの不法投棄とかがあって、それでああいうのが生まれたんだよ。王都とかだといろんなものがゴミとして捨てられるからね。下級モンスターはそういうところから発生することがあるんだ」
似たような事態はそこのすぐ近くで目撃することになった。
ゴミ捨て場から鶏肉の骨や豚肉の骨を足して合成したようなモンスターが体をひきずるように歩いている。
近隣住民が悲鳴をあげていた。ホウキを握り締めている人もいるけど、立ち向かう勇気はないらしく、距離をとって恐ろしげにそのモンスターの動向を見つめている。
「メアリさん、あのモンスターの名前ってご存じでしょうか? わたくしは浅学なもので知りませんわ……」
「セルリア、あれに名前なんてないよ。偶然生まれてしまった変なモンスターさ。それ以上でも以下でもないよ。だから生態もわからない。ああいうのをつぶすプロなら知ってるかも知れないけどね」
「でも、どうしてゴミ捨て場からあんなのが出てくるんだ……?」
嫌な想像が頭をよぎった。
「まさか、ストライキ中の黒魔法使いが作ってるなんてことは……?」
だとしたらストライキの効果は抜群だろうけど、黒魔法使いの印象は最悪になる。
――と、メアリは黙って、ゴミ捨て場のほうに近づいていく。
骨のモンスターがいたけど、それはスルーした。まったく怖くないらしい。
そして、ゴミの山から何かのビンを拾い上げて、戻ってきた。
「ひとまず、黒魔法使いの冤罪は晴れそうだよ」
その割れたビンにはこんなラベルが貼ってあった。
『白魔法 ゴーレムの素 業務用』
これもマジックアイテムか……。
後ろの注意書きを見ると――特殊なモンスターを生み出してしまう危険があるので、特定廃棄物として行政に連絡して許可を得てから捨てろ、とある。
「どこかの会社がマジックアイテムを不法投棄した。その結果、骨の生ゴミに反応して、あの骨のモンスターが生まれてしまったってことだな」
「ずっと監視していたわけじゃないけど、その可能性が一番高いよね。そりゃ、世の中には一定の割合で不法投棄をするような輩もいるよ。善人だけの町なんて存在しないからね」
だとしたら、この骨のモンスターは絶対に出てきてしまうものだ。
いわば――公害。
だけど、俺はこんなものをずっと目にすることなく王都で生きてきた。
それは単純に幸運だったからだけだろうか?
俺は首を横に振った。
そんなことはないな。
「黒魔法使いはこんなモンスターが出ないように見回って、発生を阻止する魔法をかけていたってことか」
「おそらくね。日常に生きてる間は見えないけど、そんな縁の下の力持ち的な職業もあるんじゃないかな」
だとしたら、アンデッドが出たという騒ぎも……。
「あのさ、墓地のエリアのほうに行きたいんだけど」
俺の提案に、セルリアもメアリも同意してくれた。
●
王都近辺で最大規模の公共墓地に俺たちは向かった。
目的地に近づくに連れて、パニックの度合いが大きくなっているのをまざまざと感じた。
俺の予想はほぼ確実に当たっていると思う。
そして、墓地にたどりつく前からその影響は目についた。
数えるのも大変なほどの腐乱した体の人間――いわゆるアンデッドがうろちょろと動き回っている。
もう、その周辺からは住人も避難しているようで人の姿はない。
「せっかくだし、墓地にまで進んでみようか」
メアリはアンデッドの群れの中に平気で突っ込んでいく。
「マジか……。まあ、行こうって言ったのは俺だけど……」
「大丈夫さ。動きがのろいからたいして怖くないよ。病気とかが怖いならわらわの後ろからついてきなよ」
女子に守られるのはどうかと思うが、メアリは強すぎるので特例だ。素直にそれに従うことにする。
で、共同墓地の中心部にある管理棟前では、黒いローブ姿の集団が一箇所に集まっていた。
その数は三十人ほどにものぼる。
目の前には「会社は黒魔法使いの賃金を上げろ! 黒魔法青年団一同」と書いてある横断幕を掲げている。
その他、個別に「汚くても大事な仕事」「黒魔法使いのない王都で暮らせますか?」「私たちに気づいて」などといったプラカードを持っている人もいた。
ただ、誰も声を上げてはいない。じっと黙っている。
むしろ無言でいることによって、抗議の効果を上げようとしているようにも見えた。
「これが黒魔法使いがストライキを起こした結果か……」
「もっとも、いつでも、ここまで劇的な効果が出るとは思えないけどね。ちゃんといい日を彼らも狙ったんだよ。交渉というのはそういうものさ」
いい日ってなんだよと言いかけて、頭に答えが浮かんだ。
「二月十五日、魔界が一番近づいてくる日か……」
「伝説のほうの信憑性は知らないけど、一年のうちで二月十五日に魔界の影響が人間の世界で強く出るのは事実なんじゃないの? なんらかの事実があるから、伝説が生まれたと考えたほうが合理的だよね」
俺はゆっくりとうなずいた。
視線は黒魔法使いたちのほうを向いていた。
怒りも憎しみも表情には浮かんでいない。ただ、じっと耐えるように、そこに立ち尽くして、気持ちを伝えようとしている。
「なくてかまわない仕事なんて何もないんですわね」
セルリアが万感の想いでつぶやいた。
「この方たちの賃金がどうか上がりますように」




