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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
黒魔法業界ストライキ編

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183 十五日のパニック

 二月十五日。

 当たり前だけど、ごく普通に朝日がのぼり、俺は目覚めた。

 白魔法の練習のために外に出ても、とくに変わったことはなかった。空が真っ黒だとかそんなこともない。


 魔界とこの人間の世界が最接近した日といっても、所詮伝説だしな。少なくとも歴史書に史実として載ってるようなことではない。


「今日もいい天気ですわね」

 洗濯物を干しながら、セルリアが言う。セルリアとの生活に、あまり黒魔法っぽさがないんだよな……。美しい新妻との生活って感じで……。

「この時間から黒魔法使いが働いてるわけもないし、そりゃ何も起きるわけないか」


「ストライキをなさってる方はどこかに集まってらっしゃるのでしょうか。あまり黒魔法使いの方が固まっているところを見ないのですが」

「だよな。少なくとも、王都の中心部ではほぼ見ない。目立つところに会社とかないし。同業者の黒魔法使いと会うことがマジで少ない」

「そういえば、そうですわね。わたくしも明らかに黒魔法使いだなとわかる方を見たことってありませんわ」

 本当にどこで働いてるんだろう。黒魔法使いだからおおっぴらには働いてないのか。きっと、ネクログラント黒魔法社が例外的存在なのだろう。

 新聞では取り上げられてたけど、要求を掲げての行進でもしないかぎり、一般人には知られないんじゃないだろうか。


 メアリは休日なのをいいことに全然起きてこなかったので、俺が起こした。



 せっかくなので、朝食も王都に出て食べることにした。家事も含めて今日は労働をしないのだ。

 何も起きなかったとしても、王都に出ればいろんな店があるし、いくらでも時間をつぶすことはできる。

「ふあ~あ。どうせだからお昼ぐらいまで寝かせてほしかったのに……」

「メアリはぐうたらしすぎだ。寝すぎはかえって健康に悪いんだからな」

 メアリに健康のことを説いてもしょうがないかもしれないけど。


「わたくし、実は朝食を出すカフェで気になっているお店がありましたの。ちょうどいいので、そこに入りませんか?」

 セルリアの要望にこたえて、そのカフェテラスに行った。

 全体的にオシャレで意識が高いお店だ。メニューを見たら朝食のセットなのに銅貨一枚もしてびっくりした。


「うわ、やっぱりこういう店ってこんな値段がするんだな……。学食なら三食食べられる値段だ……」

「フランツ、別にお金がないわけじゃないんだから、ケチケチしないの」

 お嬢様のメアリは物怖じせずに我が家のようにくつろいでいる。育ちの問題で俺が一番お店になじんでいなかった。


 いかにも上流階級でお金持ちですという女性二人が先客として来ていて、朝の雑談をしている。


「そういえば、今日ってストライキの日だよね」

「黒魔法業界っていかにもきつそうだし、ついに堪忍袋の緒が切れたってことじゃないの?」

 おっ、一般人にも話題になる程度には広まっているんだな。


「でも、黒魔法使いってどんな仕事してるんだ?」

「生贄を捧げて、ヤバい悪魔に祈ったりとか?」

 その声には少し侮蔑の意図が感じ取れた。

「黒魔法って表に出てこないから何してるかよくわからないよね。仕事としてあるってことは社会の役には立ってるんだろうけどさ」

「ストライキもこっそり、ひっそりやってるんじゃない?」


 そりゃ、市場にも商店街にも黒魔法と一見してわかるお店なんてものはない。社会にどうつながっているか、俺ですらまだよくわかっていない。


 ネクログラント黒魔法社は黒魔法の中でもかなり変な立ち位置にいるため、業界の現状を俺も正しく把握できていない。あと、まだ入社一年目で目の前のものを見るのに精一杯だったというせいもある。


 出てきた朝食のセットは色とりどりの野菜サラダが綺麗に盛り付けられていて、しかも果物のスムージーもついてきて、その色味からして黒魔法と対極のものに見えた。


「わあ! とっても豪華ですわ! これはイラスト映えしますわ!」

 なんか最近、女子の間で、おいしそうに見える料理をさささっとイラストで描いて友達に見せるのが流行っているらしい。みんな絵が上手くなりたいためというより、こんなおいしいものを私は食べてるんだぞということを示すために描いているようだ。


「この見た目にすることに値段の大半がつぎ込まれてるね。うん、おいしそうだし、実際おいしいだろうね」

「メアリ、せっかくだからもうちょっとそこは喜べよ……」

 家で買ってきたパンにベーコンはさみましたみたいな反応をされると、損した気分になる。


 お店の朝食は高いだけあって、上流階級の味がした。

 休みなんだし、こういう一日のはじまりがあってもいいだろう。


 しかし、サラダを食べていると――ストライキを話題にしていた女性二人らしき悲鳴が聞こえた。


「今、たくさん目玉がついたモンスターがそこに立ってたわ!」

「えー? 何かの勘違いじゃないの? きっと昨日のお酒が抜けていないのよ」

「本当にいたんだって! そんな不気味なもの、何かと見間違えることもないわ!」


 モンスターを見たと言い張っている女性のほうはかなり興奮気味だ。よほど怖いものを見たのか、顔が青ざめている。


「ふうん。魔界にはそんなものも住んでるけどねえ。こっちで見たらびっくりするのかな」

 メアリはそんな騒動、どこ吹く風で食事を続けている。

「うん、ここの朝食は合格点ってところかな」

 上から目線もはなはだしいな……。

 まあ、実際にモンスターに襲われてるわけじゃないし、メアリみたいに優雅にくつろぐのが正解か。


 だけど、食事を終えて王都を歩いていると、またまた、走って逃げていく一団と出会った。


「アンデッドだ! アンデッドの大群だ!」「墓場がおかしなことになってる!」「いったい何があったんだ!」


 その声を聞いた人間が逃げる一団に加わって、人数はだんだんと増えていた。

 パニックが確実に増幅されている。


「ご主人様、これはどうしたことでしょうか?」

「この目で本物を見たわけじゃないから、憶測になるけど、何か起きてはいるようだな……」

「あそこに巻き込まれて、倒れでもしたら危ないし、別の道を歩こうよ」


 メアリの提案に従って、その群衆から離れるように、違う通りに行く。

 何かが溝から出てきているのが目に入った。


 それは汚物と泥が集まってできたような、醜悪な何者かだった。

 ゆっくりとうごめきながら、それは俺たちとは逆の道のほうに向かっていった。


「おい、あれは何だ……?」

「一言で言うと下級モンスターだね」

 メアリが淡々と解説をしてくれた。野良猫でも見たように泰然自若としている。

「下水道とかにゴミがたくさん流れ込むでしょ。その中にマジックアイテムの廃棄物とかも紛れてる都市部だと、ああいうのが出たりすることもあるんだよ」


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