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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
黒魔法業界ストライキ編

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182 十四日と十五日の伝説

「俺たちが反対する理由はないんで、ストライキというか二月十五日から仕事は休みます」

「はい、それでお願いしますね」

 社長に笑顔で言われた。ここで笑顔になる社長って例外的すぎる。


「せっかくですし、黒魔法のお仕事がストップすると、社会がどうなるか確認しながら過ごしてみるといいですよ。おそらく、比較的短時間で業界団体の中央黒魔法委員会が妥協案を示そうとするでしょう」

 ケルケル社長にはだいたいのシナリオも読めているらしい。


「条件をよくしていくしかないという部分では、中央黒魔法委員会もわかっているんです。消えてしまっても大丈夫なお仕事じゃないですからね。ただ、条件がよくなるペースが遅いから文句が出ているというわけです。なので解決はしますよ」


「黒魔法の仕事って俺がしてるのはインプを使って沼や墓場を管理したり、農地を耕したり、どっちかというと地味な仕事なんですけど、そんなにストップすると困るものですかね……?」

 自虐的かもしれないが、数日止まっていても我慢されてしまいそうな気がする。


「はっきり言って、社長はキレイ・カイテキ・カイホウテキの新たな3K職場を積極的に推進してきたワン。そこは社長は本当にとってもとっても努力したワン」

 社長の代わりにゲルゲルが社長を讃えた。

 たしかに、ケルケル社長は俺たちの知らないところ、知らない時代にすごく苦労を重ねただろうな。


「まあ、いい仕事、お金になる仕事を集めてきたのは事実ですね。それと、キモイ・キタナイ・キケンの3Kの仕事はどっちみち大きな黒魔法の会社に牛耳られてて、新たに仕事が取りづらかったりするんですよ。儲けも少ないからうまみもないですし」

「イノベーショナルなことをして稼ぐというのは後発企業の基本姿勢ですわね」

 要因はいろいろあるんだろうけど、俺としては今後とも社長を尊敬していきたい。


「というわけで、二月十五日はゆっくりしていってください。さすがに新聞でも大きめに取り上げられるでしょう」



 社長の発言のとおり、会社に届けられている新聞をチェックしてみると、二月十五日が近づくにつれて、ストライキの報道が増えていた。

 新聞ではストライキが実行される公算が高くなってきたと書いてある。

 無責任かもしれないけど、ここまで来たら実際に行われてどんな影響が出るのか見てみたい。


 そして、二月十五日――の前の十四日。

 この日は、ヴァレンタインとかいう偉大な白魔法使いを讃える日で、白魔法使いたちはパーティーをしたり、飲み会をしたりして盛り上がる。


 俺も学生の時は、就活でばたばたしていた最後の一年を除いて、寮でパーティーをした。というか、リーザちゃんがよく開いてくれていた。


 そのせいか、十四日夜に王都を歩くと、いつもよりカップル率や酔ってる人の率が高い気がした。ただ、そんなことを話したら、冷静なメアリにツッコミを受けた。


「白魔法使いの数なんて、王都の人口からしたら知れてるでしょ。そんなに目立つことなんてないと思うよ」

「それがな、最近は白魔法使いだけじゃなくて、一般市民もお祝いをする日になりつつあるんだ。まだ祝日に定められるほどにはなってないけど」


 騒げる日が増えることは一般市民にとってもありがたいことなので、よほど由来に問題がある場合を除けば、平気で取り入れてしまうものなのだ。


「そのヴァレンタインという方はどういう魔法使いでしたの? わたくしは魔族だから詳しくは知らないので教えてほしいですわ」

 たしかに俺も魔法学校で学びはしたが、それまではまったく知らなかったぐらいだしな。

 じゃあ、夜の王都を歩きながら説明するか。歴史学者じゃないから穴や勘違いもあるかもしれないけど、そこはご愛嬌ということで。


「もう、はるか昔のことだけどな、一度魔界とこの世界が融合して一つになりかけたことがあったらしいんだ。なんでも、超一流の魔法使いたちがそういうことを画策したんだって」

 どんな規模の、どんな特殊な魔法を使ったらそうなるのかわからないが、伝説の領域に属することだからしょうがない。


「ああ、お兄ちゃんクラスの魔族が二十人ほど揃って、人間の側でも手配する奴が同じぐらいいれば、そんなことも起こせなくはないかもね」

「メアリが言うと、伝説が現実味を急に帯びてくるな……」


「もし、この世界が魔界とつながったら人間はおそらく滅びるか、ほぼ別のものに変質したと思う。でも、そうはならなかった。ヴァレンタインっていう白魔法使いが結界を張って、魔界が近づきすぎるのを防いだんだ――自分の命をなげうって」

 この伝説はそれなりに悲しい話なのだ。


「その方はお亡くなりになったんですのね」

 心やさしいセルリアは歴史上の人物の死にも想いを馳せることができる。

「一般の白魔法には生贄や供儀を必要とするものはない。でも、超高度な秘法の次元だと、正義に殉じるようなものがあるらしいんだ。それを使って、魔界とこの世界が完全に引っ付くのを彼は止めたらしい」


 もっとも、そんな魔法は当然のように失われていて、詳しいことはわかっていないが。


「そして、ヴァレンタインがみずからを犠牲にした翌日に、魔界は人間の世界に最接近して、たくさん人間の世界に影響が出たけど、引っ付くことはなくて、そこからまた離れて、今に至る」

 時々、二人のほうに顔を向ける。メアリも何もしゃべっていないってことは聞いてくれているってことだろう。


「それ以来、ヴァレンタインが死んだ日を白魔法使いは祝って、一方で黒魔法使いは二月十五日を魔界が最も近づく日として記念日にしてる――らしいけど、黒魔法の日のほうは俺も就職してから知った……」

 最低でもこちらは一般人はまったく知らないだろう。


「そして明日は例の二月十五日ってことだね。いったい、どうなるんだろうね」

「まあ、せっかくだから明日も王都をぶらついて様子を見ようぜ」

 働きはしてないから、これも消極的なストライキだ。


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