177 お客様は神様じゃない
「そうがう。ほかの神様であるお客様にご迷惑だから帰ってほしいがう。他のお客さんのお酒と料理がまずくなってしまうがう。それだけは居酒屋として許すわけにはいかないがう」
ホワホワは落ち着いた表情でそう言った。恥じる様子もなかった。
なにせ、それは居酒屋が絶対に守らないといけない一線だからだ。
居酒屋はお酒と料理を楽しむところだ。それを妨害する者は放置できない。お引き取り願う。
これこそ、エンターヤ先輩が応用編で教えたことだった。
迷惑な客には帰ってくれとはっきり言う。
ホワホワが習った接客術は客の居心地をよくするためのものだ。ならば、ほかの客に迷惑になる客を追い出すのも筋が通っている。
そんなことをしたら客足が遠のくのではないか。マコリベさんは最初、その話を聞いた時、難色を示した。すぐに客を追い出す怖い店と思われるのではと考えたのだ。
エンターヤ先輩は心配いらないとすぐにその不安を打ち消した。
この店はお酒も料理もおいしい。居酒屋として最も大切な部分が申し分ないから、その程度でダメになったりはしないと。
むしろ、まともなお客さんが安心して楽しめる場所にするほうがよっぽど利益になると。
これが、エンターヤ先輩の「幹」の答えだった。
たしかに接客が完璧でも、料理も酒も不味かったら、そんな居酒屋に意味はない。料理と酒が問題なら、まずはそこを改善しないと、いい店にはなれない。
その「接客術」をホワホワは実践した。
でも、相手は酔っ払いだ。素直に聞くとは限らない。
「お前はひふれいだほ~!」
呂律の回らない口で、ホワホワの胸倉をつかもうとする!
これはよくない! すぐに助けにいかないと!
だが、俺が出る前に、もうその酔っ払いの体をエンターヤ先輩がつかんでいた。
「今、暴力を振るおうとしましたね? しましたよね? 犯罪ですから、警察のところまで行きましょうね~♪」
「おい、お前、なんだ、なんだ!」
「なんだって、ヴァンパイアですけれど。矮小な人間さん? とても神様には見えませんよねえ?」
ヴァンパイアという言葉で調子に乗っていた酔っ払いの表情も曇りはじめた。
「ヴァンパイアって……血を吸った者を自分の眷属に変えるっていう……」
「それは伝説ですよ。だいたい、そんなことができたとして、あなたみたいな小物は部下にだっていたしませんよ。私の品格が下がるではないですか」
エンターヤ先輩は決して乱暴にその酔っ払いを扱ったりはしない。しかし、にじみ出る威圧感は彼女が間違いなく強大な力を持ってることを余すことなく語っていた。
つかまれている酔っ払いもそれに感づいたのだろう。だんだんと、その赤ら顔が素面に戻っていく。
「はい、お帰り願いますね。お店もお客も節度を守って、過ごしましょう」
「うわああ……」
エンターヤ先輩はその酔客を連れて、そのまま店を出ていってしまった――と思ったら出る直前に振り返った。
「また戻るんで、お代はその時に払いますね。食い逃げじゃないですからね」
「ヴァンパイアの方にとったら、酔っている人間なんてすぐに御せますものね。どうということもないですわね」
サキュバスにとっては驚くような光景でもなかったらしく、セルリアは落ち着いていた。
「そうみたいだな。でも、ホワホワがケガなくてよかった」
ホワホワはパンチの練習をその場でしていた。
「ホワホワも体を鍛えておきたいがうがう。あるいはお盆でガードする方法を学ぶがう」
それはたしかに考えたほうがいいかもな。
●
しばらくすると、エンターヤ先輩がなんでもないことのように戻ってきた。
「警察に連れていって、無事に解決いたしました。その頃には酔いも覚めていたらしくて、謝ってましたよ」
スムーズにエンタ-ヤ先輩は事を収めたらしい。マコリベさんに酔っ払い客からもらった代金を渡していた。
「ふう、一仕事終えましたし、ドブロンの濃いやつをいただけますか? 私の酔いもかなり醒めちゃいましたし」
ホワホワが持ってきたドブロンをエンターヤ先輩はごくごくと勢いよく飲んだ。これ、かなり強いお酒だけど、大丈夫だろうか……。
「いやあ、血よりおいしいですね」
「それってヴァンパイア的ギャグなんですか……?」
「そんなところです。ようは、血の分の栄養を食事でまかなえばいいだけですから。あっ、レバー焼きもください」
酔っ払いの件で一時はどうなるかと思ったが、もうお店はまた活気を取り戻している。
結局は、問題のある客を早い段階で切ったことが正解だったようだ。
俺はおいしそうにお酒を飲むエンターヤ先輩を見つめながら、とあることを考えていた。
営業という気をつかう仕事をしているのに、彼女はちっとも大変そうな顔をしていない。今だって、まさに人生を謳歌してますという顔をしている。
かといって、別に彼女が人に触れ合うのがもともと好きな性格だった、なんて理由ではない。エンターヤ先輩は営業職の中で会社を何度も何度も転々としてきた。一つのところに落ち着いていられている、今のネクログラント黒魔法社のほうが例外的なのだ。
先輩と目が合った。
「問題の答え、わかりましたか?」
エンターヤ先輩のほうが俺たちのテーブルのほうにやってきた。俺の向かいにメアリとセルリアが座っているので、俺の隣だ。
「問題って、『先輩がネクログラント黒魔法社でどうして成功したか』ですよね?」
「はい。そうです。といっても、今日の一件でほとんど答えを言ってしまったようなものですけどね」
だとしたら、おそらくこれで合ってるだろうな。
別に間違ったって、命を取られるわけじゃない。率直に答えよう。
「その理由は――ネクログラント黒魔法社が売っているものが、本当に素晴らしいものだから、じゃないですか?」
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