176 ホワホワ、成長する
更新日一日ずれていました、すいません……。
その日の営業を無事に終えて、俺たちはネクログラント黒魔法社に戻ってきた。
「いや~、営業って疲れますね……。心理的にも、足のほうでも……」
累計すると、それなりの距離を歩いたはずだ……。
「ふふふっ。フランツさんにとったら初対面の相手ばかりですからね。それは気疲れもしますよ。そりゃ、知ってる人ばかりの社内で働くほうが楽だって人も多いんじゃないですかね」
営業の転職率の高さもわかる。知らない人間と話すということは、どうしたってストレスにつながる。それをひたすら繰り返したら、くたくたにだってなる。
ケルケル社長は俺の様子を見て、「いい経験になりましたか?」とにこにこしている。
「いい経験ではありますが、その……俺の中でまだ答えが出せてない部分があるんで、そこをどうにかします」
この言葉だけだと社長には意味不明かもしれないが、エンターヤ先輩が「私がこの会社で成功した理由は何かを宿題にしてるんです」と説明した。
「ああ、なるほど。それはいい問題かもしれませんね」
ケルケル社長の様子だと、すぐに答えはわかったらしい。
「じゃあ、今日も時間があれば、『田舎屋』に寄りますね。よろしくお願いします」
「はい、俺も閉店頃にふらっと行きます」
ホワホワのことは俺も放っておけない。また寝るのが遅くなると大変だから、少し仮眠してからいくか。
そして、その日もホワホワの教育は行われた。
やっぱり、ホワホワは根本的に接客の基礎がわかっていない。わかってないから失礼なことをやってしまう。なので、わかってないことをわからせるところからはじめるしかない。
エンターヤ先輩も粘り強く、根気強く、ホワホワを教育していた。絶対に怒らない、叱らない。何度間違っても、柔軟に教える。
「ホワホワ、だんだんわかってきた。おそらく、やれる」
ホワホワの言葉だけをそのまま鵜呑みにするわけにはいかないけれど、最低でも成長を感じ取れるのは間違いなかった。
セルリアがお客さん役で注文をする。
「これと、これ、それとこのお酒をくださいませ」
「わかりましたがう。お待ちくださいませがう」
おっ、言葉が丁寧に、物腰も以前よりよくなっている。
「ちなみに、このお酒でしたら、こちらのおつまみもよく合いますがう」
しかも、おすすめを教えるほどのことまで! これを進歩と呼ばずに何と呼ぼう!
「うんうん。できてきましたね。この様子なら、もうホワホワさんも、このお店も接客で失敗することはないでしょう」
楽しそうにエンターヤ先輩はうなずいている。俺としても『田舎屋』のレベルアップに等しいことなので、本当にうれしい。
「まあ、このお店は幹の部分はしっかりしていますから接客をまともな水準にすれば、それだけでいいんですけどね」
なぜか、そのエンターヤ先輩の言葉が引っかかった。
幹の部分ってどういうことだろう?
少なくとも文脈からして、接客が幹に当たらないのは間違いない。
じゃあ、幹って何だ? 料理の味だと思うけど。
「これで基礎はできましたが、ここから応用編です。ちょっと内容が高度になりますけど、練習してみましょう。心配しなくても、この店は幹の部分が頑丈ですから、毅然と対応しても大丈夫です」
そこからのエンターヤ先輩の接客術応用編は俺もびっくりした。
「こういうこともやったほうがいいんですか……?」
ホワホワに対する指導を俺もセルリアも興味深く聞いていた。メアリは当然だという顔をしていたけど、そんなに驚いたりするほうじゃないからこれだけでは判断できない。
「お店側にもルールというものがありますからね。もちろん、その権利はあります。じゃあ、今度、上手くやれてるかお店で飲みがてらテストしますよ」
●
そして休日前の夜。
俺の家族は『田舎屋』を客として訪れた。
もう、エンターヤ先輩は一人でちびちびお酒を飲んでいた。この人、一人酒が好きなタイプだな。
ホワホワの接客の様子を見ていたが、当初と比べると見違えるようによくなっていた。
「はいがう。承りましたがう」
「お待たせいたしましたがう」
「がうがうー」
最後の「がうがうー」はそれだけだと何のことかわからないが、文脈上、「わかりました」という意味だろう。言葉だけじゃなくて、態度が劇的に違うのだ。
ホワホワの丁寧に応対しようという意識がはっきりと感じられる。それをお客さんも理解するから、印象もよくなる。
少なくとも、ホワホワが原因でトラブルを起こすということは、もう考えられなさそうだ。看板娘と言ってもいい。事実、「あの子、けなげでかわいいな」といった声まで聞こえてくるぐらいだった。
気持ちって自然と相手にも伝わるんだな。言葉や態度はその気持ちを示すための信号なのだ。
「最初はどうなることかと思ったけど、どうとでもなるものだね」
メアリが上から目線で言った。
「ホワホワって子は知らなかっただけ。教えれば大丈夫。そう判断してずっと教えてくれたエンターヤって人に感謝しなきゃだよ、フランツ」
「もちろん感謝してるよ」
「やはり、営業職の方はつらい経験もたくさんしているからなのか、人ができてる気もしますわね」
セルリアの言葉もわかる。わざわざ愚痴を言わないけれど、エンターヤ先輩も過去にいろいろあったはずだ。
今は一人でお酒の時間にひたっている。
けれど、ここはお酒を出す店だ。酔っ払いももちろん出てくる。
「うえ~い。王都のヒマワリ~、夏に咲き誇り~♪ うえ~い♪」
酔って歌を大声で歌う客が現れた。とにかく音量が大きくて、しかも立って踊っているので邪魔だ。トイレに行こうとする客ともぶつかりかけた。
うっとうしいと感じたのか、舌打ちした別の客もいた。
そこにホワホワがてくてくと歌っている客の前に来た。
「うえ~い♪ お嬢ちゃん、どうしたよ?」
ホワホワは冷静に、こう言った。
「ほかのお客さんのご迷惑がう。申し訳ないですが、帰ってくださいがう」
客の顔が真っ赤になった。
「なっ! お客様は神様だぞ~、ひっく……」
「そうがう。ほかの神様であるお客様にご迷惑だから帰ってほしいがう。他のお客さんのお酒と料理がまずくなってしまうがう。それだけは居酒屋として許すわけにはいかないがう」
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