175 営業の秘訣
エンターヤ先輩は出てきたランチを食べながら、楽しげに話をはじめた。
まず、先輩はやはり魔族の中ではいいところの出で、貴族階級のはしくれに当たったらしい。
ただ、田舎の土地でずっとふんぞり返っている生活が面白くないと言って、実家を飛び出したらしい。
「まだ若い時から親がどんどん縁談持ってくるわけですよ。人生決められすぎだなって感じて、もう飛び出しちゃえと。で、就活をして普通の会社に入りました。最初に配属されたのが偶然、営業だったんですよね」
「それで営業で活躍したと」
エンターヤ先輩は首を横に振った。
「いえ、一年二か月ほどで辞めました。全然、実績出せませんでしたし」
あれ……。
「で、次の会社に入るじゃないですか。じゃあ、前職で営業やってたからって理由で営業やらされるんですよね。だって、面接で『営業をやってました。それならできます』って答えるしかないじゃないですか」
「たしかに、営業は二度とやりたくないとか面接で言いづらいですね……。」
「次の会社も一年ぐらいで辞めたんですけど、三箇所目もやっぱり職歴が営業のみだから、営業に回されて、以下、だいたいずっと営業やってました」
「思いのほか、転職歴多いですね……」
「ですねえ。六十回ぐらい転職してるんじゃないですか?」
多っ! 本当に多っ!
「いろいろ売りましたよ。お菓子の営業もあれば、墓石の営業もあったし、売り方のマニュアルが詐欺師っぽいなと思ってすぐ辞めた会社もありましたね」
おかしい。これまでの社員の人たちと比べると、この人、全体的に毛並みが違う。
一言で言うと――
平凡な感じがする。
「あの、どうしてそんなに転職が多いんですか……?」
「それ、聞きます? 無能な奴って思ってます?」
エンターヤ先輩がジト目になる。営業回りの時はホワホワに接客教えてた時と違って、かなり表情豊かだな、この人……。
「失礼だったら、すいません……」
「いえ、失礼でもなんでもないですよ。答えは簡単で、営業って転職の率がもともと高いんですよ」
そういや、魔法学校でも就活ガイダンスでそんなことを言われたことがあったような……。
「営業って対人関係が基本じゃないですか。心にダメージ来る率も高いですし、あと、会社によってはノルマがあったりして、成績悪いと居づらくなったりするんです。だから、もともと流動的なんです。数年は好調だった人でも、営業成績が下降してきたら退職しちゃったとかってこともあります」
「それを聞くと、あんまり安定してないし、大変そうですね……」
「国がやってる職業紹介所で話を聞いたことも何度かありますけど、大変な分、人気もあまりないんですよ。だから、営業が足りてない会社っていくらでもあるんで、潜り込もうと思えば潜り込めるんです。そういう会社って基本ろくでもない場所だったりするんで、また辞めることも多いんですが」
おおかたのことはわかってきた。
一度営業の人間になると、そのあとはずっと営業で働く形になってしまうらしい。
なにせ、前職が営業だから、職歴を生かそうとするとまた営業になる。
営業の輪の中から抜け出すのはものすごく大変そうだ……。
「そしたら、なんでネクログラント黒魔法社に入ったんですか?」
これまでの社員の人たちはみんな社長と運命的な出会いをしているんだけど――
「たんに営業職の求人が出ていて、黒魔法の会社なら魔族の自分は有利だなと思って、連絡しました」
軽っ!
これはもしや、表現は悪いけど、そんなに能力の高くない人だけど、社長の厚意で置いてもらえてるとか、そういうことじゃないだろうな……?
「いやあ、会社の稼ぎ頭にまでなれてうれしいですよ」
へっ?
この人、そんなに会社に貢献しているのか……。
「社長の言葉によると、私が働いたことで契約件数も倍ぐらいになったそうです。正直、ほっとしてます」
どういうことだろう? 俺の頭の中に大きな疑問が浮かぶ。
この先輩はやっぱりすごい能力を持っているんだろうか? それとも社長の起用法が天才的なんだろうか? あるいはその両方か?
わからないから聞いてみるしかない。
「その……この会社に来てから突然、活躍できるようになったんですか……?」
もう、俺たちの料理の皿はからになっている。話もかなり長くなっていた。
「それはですね……う~んと……宿題にしておきます」
「え、宿題?」
「どうして、ネクログラント黒魔法社だと私が成功しているのでしょうか? ちなみに私の営業能力がずば抜けてるっていう答えはナシとします。いや、私の営業能力も高いと思いますよ。でも、営業をする人間だけじゃ成り立ちませんからね」
「それって、俺でもわかる次元の答えですか?」
ゆっくりとエンターヤ先輩はうなずいた。
「誰でもわかります。会社員じゃなくても多分わかります。さあ、後半戦は初めて行く会社もあるので、気を引き締めましょうか」
そして、俺たちはそのレストランを出た。先輩に視線を送って、答えにつながりそうな部分がないか見つけようとしたが、よくわからなかった。
●
初めて行く会社、つまりお得意先回りではなく純然たる新規開拓では、先輩のまとう雰囲気が完全に変わっていた。
物腰も丁寧だし、それ以上にとにかく生真面目に見えた。
「――というように、弊社でなら、墓地の管理を効率よく、かつ、高水準に行うことができます。過去に導入いただいた墓地でも、利用者の方の評判がいずれも向上しています」
ゆっくりと相手の目を見ながら、エンターヤ先輩は説明を加えていった。
まるで、生徒の進路相談にのる教師みたいだった。
「不安があるようでしたら、弊社が担当している墓地をごらんになってみられてはいかがでしょうか。急いで契約を取り付けたいというような気持ちも弊社にもありませんし、それこそ一日、二日で終わりとなる仕事でもないので、じっくりご検討されるのが当然ですから」
相手の会社の担当者も「わかりました」と資料を受け取った。
最後に担当者は「契約の是非は自分だけでは決めれないのですが……あなたのような誠実な方とお話ができて光栄でした」と先輩を手放しで褒めた。
言葉からして、お世辞ではないだろう。
「ありがとうございます。お墓に関係するお仕事で不誠実というわけにはいきませんから」
先輩の態度は最後まで完璧で、横にいる俺がマイナス要因になってないかと不安になるぐらいだった。
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