174 先輩と営業回り
翌日、出社すると、エンターヤ先輩と社長が話していた。
「社長、エンターヤ先輩、おはようございます」
二人のおはようございますという声が返ってくる。
「エンターヤさんからお話は聞きましたよ。昨日は大変でしたね。残業代に含めていいですからね」
「いえ、むしろ俺の領民の問題に先輩を巻き込んで申し訳ないです……」
でも、残業代にはせっかくだから入れさせてもらおう。帰宅時間もちょっと遅くなって、睡眠時間もいつもより少なかった。セルリアとサキュバス的なこともしなかった。
「今日はエンターヤさんの横について、営業の技術を学んでみてはどうですか? しばらく王都のほうで営業回りをしてもらうつもりなんで」
「はい。私は問題ないですよ。ふふふふっ」
すぐにエンターヤ先輩がOKを出したら、もう俺のほうから断れるわけもない。その日は先輩に付き従うことが決定した。
「あ~、ただ、セルリアさんがいると男性への営業に有意な差が出ちゃってわかりづらいので、セルリアさんは不参加ということにしてもらえますか? ごめんね~」
そりゃ、サキュバスが営業に来たら、男は変な期待をしかねないよな……。別に出張でそういうサービスをする会社じゃないし。
「では、今日はメアリさんと一緒にお仕事をいたしますわ。ご主人様、ファイトですわよ!」
ぐっ! 両手を握り締めるセルリア。俺はたんなる付き添いなんだけどな。
「ふっふふふ。それじゃ、営業回り行きましょうか。といっても、新規開拓のところはほとんどないのでお気楽にしてくれればいいですよ」
ぽんぽんとエンターヤ先輩に背中を叩かれて、俺たちは会社を出た。
●
まず、最初に来たのは――
『王立河川・池沼管理局』と看板が出ている無骨な石造りの建物だった。
「あれ……ここ、公共の場所ですか?」
「そうそう! ほら、沼や池のお仕事はここから請け負ってるものも多いんですよ。もう、ずいぶん前にお仕事ゲットしたんですよ。なつかしいですね~」
ああ、俺が入社早々やってた沼を見張る仕事も元はといえば、過去に先輩がお仕事をもらってきたからあったものなのか。
いわゆるお役所に入るわけで緊張したが、案内された会議室に入ると、そこに向こうの担当者らしき人がいた。
堅苦しい感じのおっちゃんだなと思ったけど、エンターヤ先輩を見ると、すぐに表情が柔らかくなる。
「いやあ、エンターヤさん、お久しぶりです! 一年半ぶりぐらいですかね?」
「ああ、ですね、ですね。いやあ、魔界で頑張ってたんですよ~。王都は何か変わりました?」
「郊外に大型店ができてから、ナーム池の水質が悪化してるみたいなんですよ。あれ、調査はまだやってないんですけど、絶対に排水の影響ですよ」
「なるほど~! また仕事になりそうだったらご連絡くださいね。あっ、そうそう、こちらは今年度入った新人のフランツさんです」
そこで俺の紹介に話題が移った。
「あっ、フランツです。どうぞ、よろしくお願いいたします……」
こうやってほかの組織の人に頭下げる機会、そういえばあんまりなかったな……。
「ほう、ネクログラントさんで新入社員ってレアケースじゃないですか?」
「それがね~、もうすっごい実績あるんですよ。社長から報告来てますから! なにせいきなり使い魔としてサキュバス呼んじゃったんですよ!」
ぽんぽんとエンターヤ先輩が俺の腰を押す。スキンシップ多目の人だな。
「へえ! サキュバスが使い魔! うわあ、魔法使いではないけど、それはうらやましいですなあ……。うちの女房と代わってほしいですよ……」
「いえいえ、そうやって愚痴言える間は大丈夫ですよ~。ほんとに冷えきると話題に出せないですからね~♪」
そのあとも、先輩と担当者は延々と十五分ほど雑談していた。最後にお互いに書類みたいなものを出して渡した以外はほぼ雑談だった。
やっぱり、すでに知ってる人のところに行くのは難易度が低いのか?
「はーい。それじゃ、次のところに行きましょう。『王都郊外農場』さんですね。そこも知り合いだから気楽にしてたらいいですよ」
「失礼にならないように注意します……」
「固くならないでもいいですよ。自然体、自然体♪」
それから先も、お得意先回りばかりだったからか、ずっとエンターヤ先輩は相手方と楽しくしゃべっていた。
なんというか、黒魔法の要素は関係なかった。これまでの俺がしていた仕事とはまったく違う。まあ、営業用の黒魔法とかない気もするけど。
そして、少し遅めの昼食の時間になった。
店は王都でもなかなか有名な店だ。
「ランチタイムで値段もお手ごろ。かつ、この時間ならすいてる! どうです? よく考えて営業先も組んでるでしょう? フランツさんは、スペシャルランチいっちゃいますか?」
「じゃあ、それで……。あの、なんていうか、営業職ってずっとしゃべってるんですね……」
言ってから、失礼に聞こえてないだろうかと微妙に不安になった。
この先輩はヴァンパイアだ。つまり、魔族としてはかなりメジャーな存在である。
「そうそう。営業ってしゃべってばっかりなんですよ。最初は上手くいかなかったりもしたけど、だんだん慣れてきましたね~」
屈託なく、エンターヤ先輩は言った。
「ぶっちゃけ、魔法使ったりするより、こっちのほうが性に合ってるんですよね。いろんな場所に行けますし。天職って言えば天職なのかな~」
「そういえば、先輩はどうしてこの会社に入ったんですか?」
だいたい、この会社の社員は複雑な事情を抱えている。
その経緯にははっきり言って、興味はあった。
「それには深いわけが――ないんですけどね」
ないのかよ!
「でも、聞かれたから答えましょう。次の訪問先まで時間ありますしね♪」
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