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若者の黒魔法離れが深刻ですが、就職してみたら待遇いいし、社長も使い魔もかわいくて最高です!  作者: 森田季節
ヴァンパイアに接客術を学ぼう編

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173 先輩の接客指導

 最後のお客さんが帰って、閉店になると、『田舎屋』は接客指導の研修施設に変わった。

 なお、店主のマコリベさんは片付けが忙しくて不参加だ。お疲れ様です。


「さて、寝るのが遅くなって明日のお仕事に響いてもよくないですし、ちゃきちゃきいきましょう。まずは、あいさつから」

 エンターヤ先輩は両手の人差し指を頬に当てて、にんまりと笑う。大人っぽいキャラなのに、しぐさはかわいらしい。ちょっと、社長に似てるキャラかも。


「はい! こんなふうに、にっこりと笑顔で応対しましょう。笑顔は相手に敵意がないですよと示す信号みたいなものです。最初に笑顔を見せることで、第一印象をよくすることができますよ!」

 言われてみれば、そうだな。もし、店員がむすっとしていたら、その時点で「この店は感じ悪いな」と認識してしまう。そうなると、客が求める味のレベルも自然と高くなる。何のメリットもない。


「皆さんも、こんなふうに口角を上げて笑顔になってみましょう!」

 俺たちもやらされる。鏡がないから、自分ができてるのかは不明だ。セルリアは普段から微笑んでいるから、すぐにできていた。

 一方、メアリは「子供っぽいことするなあ……」と前置きを入れつつも、にこやかな笑みを作っていた。

 うっ、この稚気の残る子供っぽい笑顔、いつものメアリにはない魅力がある……。

「これでいいの? わらわ、合ってる?」

 すごく合ってる。

 まさか、こんなところでメアリの新たな魅力を発見してしまうとは……。


「あれ、フランツ、わらわに惚れなおしちゃったかな~?」

 メアリは俺の反応が楽しいらしい。

「少なくとも、かわいかった。でも、そうやって、すぐににやにや笑うところが、やっぱりメアリだな」

「え~、だってわらわ、別に子供じゃないもん。大人だもん」

 人生経験からするとそうなので、何もおかしくはないが、たまには無邪気なメアリも今後とも見たくはある。


 さて、俺たち家族は、おまけみたいなものだ。問題のホワホワだが――

「これでどうがう?」

 人差し指を頬に当ててみていたが、ポーカーフェイスのように落ち着いている。


「う~ん、もっと、わざとらしいほどに、にっこりとしてみてもらえますか? 少しぐらいキャラを作ってるって感じでもいいですから」

 エンターヤ先輩も少し困っているようだ。ホワホワってそんなに表情がころころ変わるほうではないから、意外と難しいのかもしれない。


 それでも、やる気に関してはちゃんとあるホワホワは笑みを作ろうとする。

「う~ん……こうがう?」


 なぜか、ホワホワは変顔になっていた。

「ぷっ……。ホワホワさん、それは笑顔じゃなくて相手を笑わせる顔ですよ……。ぷっ……」

 エンターヤ先輩はつぼに入ったらしく、口を押さえて笑いをこらえていた。たしかに、なかなか破壊力がある。


「勝ったがう?」

「いや、絶対に勝負なんてしてないから」


 どうやら、ホワホワは意識して笑うことが苦手なようだ。接客なんて概念は沼トロールには長らく不要だったはずだから仕方ないか。


「う~む~。しょうがないですね。笑顔が無理でしたら、ここは言葉づかいでカバーいたしましょうか。『いらっしゃいませー!』と元気よく言って、好感度を上げましょう」

 まあ、適切な案だな。

「あんまり店員が元気すぎるだけの店もよろしくないので、あくまでも相手をもてなすぞという気持ちを前に出して、やってくださいね。まず、私が例を見せます」


 エンターヤ先輩はほどよく前かがみになりながら、「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました♪」とやわらかい声で言った。

 丁寧というか、どことなく色っぽさもある。


「フランツ、なんか見とれたようになってない?」

 メアリに指摘された。やはり、観察眼が鋭いな……。

「そんなことはない……。さあ、俺たちもやろう。いらっしゃいませー」

「いらっしゃいませですわ」「はい、いらっしゃい」

 セルリアとメアリも続く。メアリはそっけなさが強すぎる。店主が怖い古本屋みたいだぞ。


「メアリさんは照れてらっしゃるんですかね。それは、それでよしとします」

 エンターヤ先輩、メアリへの指導、早々と諦めたな……。

「ホワホワさん、お願いします」


「いらっしゃい。注文決まってる? がうがう」

 あ、これはまた指導が入るな。

「タメ口はやめてもう少し丁寧語にしましょうか……」

「注文決まってますか? 決まったら呼べがう。ゆっくりしていけがう」

 最初だけ丁寧語で、あとはずっとタメ口だ。


 沼トロールの世界には、敬語みたいなのもないんだろうな……。

「むむむ……。これは、のっけからハードルが高いですね……。なかなか教えがいがあります……」

 すいません、うちの領民がご迷惑おかけします。


「私もやる気が湧いてきました! この子をどこに出しても恥ずかしくない接客のプロにしてみせます。看板娘にしてみせます!」

 うわ、なんか先輩のほうが燃え上がっている!


 そのあとも、エンターヤ先輩の指導はいろいろと続いた。先輩はとことん細かいことまで意識がいく。いや、ホワホワを見てたら誰でも問題があるってわかるな。


「あ~、コップを雑に置きすぎです! もっとソフトにやってください! 別に丁寧すぎなくてもいいですが、せめて元気に! やっつけ仕事の感じになってます!」

「がうがう。ちゃんと水持ってきたがう。役目果たしたがう」

「いえ、それはそうなんですが、もう少し心配りがいるんです。コップを強く置くと、拒絶の空気が出ちゃうんです!」


 その悪戦苦闘を俺たちは横から観察していた。とくにメアリがあきれた顔で見ていた。

「ホワホワに接客させるってこと自体が向いてないんだよ。厨房に入らせたら?」

「でも、ホワホワは料理できないだろ……。接客バイトを雇うとなると、お金もかかるし」

「味がよくても店員の態度がひどかったら、リピーターが減ってつぶれちゃうかもね。大変だね」

「お前だって、接客やる気ないだろ……」

「わらわは相手に頭下げる必要がないぐらい偉いし、わかっててやってないからいいの」


 それはそうか。ホワホワの場合は接客という概念を理解させなきゃならないのだ。


 結局、その日のうちに付け焼刃で解決することは無理なようで、しばらくエンターヤ先輩が店に来ることになった。


ダッシュエックス文庫3巻は1月25日発売です! よろしくお願いいたします!

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