17 命懸けの仕事
週間1位いただきました! 本当に皆さんのご声援に感謝いたします!
「えっ、先輩、何があったんですか……?」
明らかにファーフィスターニャ先輩の顔つきがさっきまでと違う。……いや、顔つきに関してはさっきまでと大差なく無表情なんだけど、出してるオーラが違う。
「出てきて、モートリ・オルクエンテ五世」
ぼそりとそう言うと、先輩の目の前に巨大なフクロウが現れた。どれぐらい巨大かというと、人間の大人よりも背が高い。むしろ、これをフクロウと呼んでいいのか?
「モートリ・オルクエンテ五世、また、シズが出た。すぐに急行する」
「承知いたし申した」
古風なしゃべり方をフクロウはしたが、案外、このほうが使い魔っぽいのかもしれない。
「では、お乗りそうらえ」
先輩は後ろを向いたフクロウの使い魔に飛び乗った。
「後輩君は空中浮遊はできるの?」
「できますけど、すごく遅いですし、道が険しくないなら走ったほうがいいぐらいです……」
空中浮遊自体は魔法学校三年の時に誰もが習うのだが、まさに「浮遊」レベルであって自在に飛び回るほどの技術を持っている生徒もほぼいない。
教師であれば王都の上空を飛ぶぐらいはできるだろうけど、かなりの精神集中が必要で、くたくたになるので効率がいいものじゃない。でなきゃ、俺も会社まで飛んでいってた。
「そっか、別にここにいてくれてもいいけど」
先輩はそう言うけど、いきなり役立たず感を出すのは嫌だな。いや、働いた直後でなんでもできるほうがおかしいんだろうけど。
「ご主人様、わたくしがお背負いしますわ! 使い魔に乗って飛ぶのは魔法使いの基本ですから!」
セルリアが提案してきた。まさにそのとおりで、ファーフィスターニャ先輩もフクロウに乗っているのだ。
「でも、俺なんて背負って飛べるのか……?」
「大丈夫ですわ。その代わり、ぎゅっと密着してくださいませ」
「ぎゅっと?」
妙な要求をされた。
「はい! それでできれば睦言を囁いたり、頬に手を這わせたりしてくださいませ」
「それ、精神集中できずに落下するんじゃ……?」
「わたくしはサキュバスですわよ。ご主人様と愛を深めているほうが力も出るのですわ!」
やっぱりサキュバスの論理って独特だな!
でも、あまりゆっくりしている時間はない。
俺はセルリアの背中に腕をかける。
「ご主人様のたくましい体を背中で感じますわ」
「魔法使いだから、そんなにたくましくないと思うけどね」
すでにファーフィスターニャ先輩は巨大フクロウに乗って、ものすごい速度で飛んでいった。夢かと思うほどに速い!
「なんだ、あれ! オオワシの最大速度を超えてるんじゃないか?」
「魔界の生き物ですから、オオワシの比ではありませんわ」
「魔界と戦争になったら、三日ぐらいでこの国、滅びそうだな……」
そんなセルリアもしゃべりながらかなりの速度で追いかけていた。沼の上を突っ切っていく。ここで墜落したら溺死するな――と思ってたら、セルリアの高度がちょっと落ちてきた!
「あっ、疲れてきましたわ……。ご主人様、何かわたくしを愛してくださいまし!」
言葉だけ聞くとかなり異様だよな……。
俺はセルリアの頬を右手でなぞった。
「セルリア……そ、空飛んでるお前もかわいいな……」
微妙にキザなセリフで気恥ずかしさはあったけど、どうせ誰も聞いてない。ここで堂々とキザなことを言うのも仕事のうちだ!
「俺のためだけにもっとかわいくなってくれよ、セルリア」
「ありがとうございますわ! パワーをいただきました!」
セルリアの高度が上がって、さらに速度もアップ! 風を切ってぐんぐんフクロウに近づく!
だけど、いったい何が起こったのか、肝心なことがまだわかってない。
もっとも、異常事態にはすぐに気づいた。
女の子が身を沼に投げようとしていた。
沼に突き出たジャンプ台みたいになっている岩のふちに、女の子が立っている。靴まで揃えているからすぐにわかる。こんな沼で着衣のまま泳ぎの練習をする奴はいない。
その近くで先輩がフクロウをホバリングさせている。説得を試みているらしい。
「……死んじゃダメ。ネクロマンサーにひどい雇用条件で働かされるだけ……。死ぬまでこき使われるどころか、永久にこき使われる……」
「それでもいいわ! 彼のためにお金稼いで借金返済に充てたのに、お金を渡した途端、蒸発しちゃったんだから!」
どうやら、悪い男に騙されたらしい。そばかすがある、どことなく純朴そうな女の子だ。
「田舎の両親からもらった都会生活の資金も全部渡しちゃったわ! もう生きててもいいことなんてないもん!」
「……そう。じゃあ、しょうがないかな」
「先輩! そこで説得するの諦めないでくださいよ!」
とことんアツいこと語って、なんとか思いとどまらせろよ!
「……この少女の気持ちもわかるから」
「共感示すのは大事だけど死ぬのを容認しないでください!」
「わたしに近づいたら、その前に飛び込むからね! もう覚悟は決めてるんだから!」
こうなったら、強引に思いとどまらせるか。事情をゆっくり聞くのはそれからだ。
「セルリア、あとで救助頼む」
「まさか、ご主人様!?」
俺はセルリアから腕をほどいて、沼に落ちた。
けっこう、沼の水って冷たいんだな。これ、どっかから水が湧いてるな。
「ちょっと! なんで、飛び込んでるのよ……」
そばかすの少女が混乱した。よし、ここまでは計画どおりだ。
「飛び込めるなら飛び込んでみろ! 一人で死なせたりしないからな! 俺が抱き着いて一緒に溺死してやる! 知らない男と地獄の果てまで一緒なんだぞ? 嫌だろ? 嫌だったら思いとどまれ!」
俺は沼でばたばたもがくように顔を水面に出してしゃべる。
静かに死ぬなんて無理なんだ。死の恐ろしさをちょっとでも感じれば、引き返そうと思えるだろ。
それに自殺をはかるような子は心が優しい場合が多い。自分のせいでほかの誰かが死ぬかもと思ったら、とても死ねないんじゃないか。
「どうしてわたしを止めるために、そこまでするのよ!」
少女もびっくりしているらしい。困惑が悲壮感を塗り替えているのを感じる。
でも、この質問に答えるのはけっこう難しいな。まあ、溺れながらだから考えるのが難しいのは当たり前だけど。
仕事だから。いや、違うな。もっと根本的なことだ。
「死のうとしてる人がいたら助けるだろ! それだけだ!」
少女は、はぁ……と嘆息した。
「死ぬのはやめるから、その男の人を助けて……」
なんとかなったな。体を張ってよかった。
俺はすぐにセルリアに引っ張りあげてもらった。




