169 いい雰囲気の店
「あっ……クサいこと言ってたかな……。つまり、俺がそれまで黒魔法で働くことすら考えてなかったって意味でもあるから威張れる要素なんて全然ないんだけど……」
「卑下することはないぞ。お前はこのアリエノールのライバルなのだからな。それに――そこで芽が出たのなら、それはお前の努力という種が植えられていた結果だ」
アリエノールはその店をもう一度、楽しそうにながめまわした。
「そうだな、ちょっとした出会いで人は変われる。私ももっと成長できるはずだ。なにせ、ライバルに出会ったのだからな」
その時のアリエノールの表情は、一言で言って、とても大人だった。
最初に研修で出会った時は子供っぽい女だなと思った。すぐにムキになるところなんて、ガキかよって感じだった。
だけど今のアリエノールはものすごく人間としても成熟しているように見える。
こんな子と恋ができたらいいなと、ふっと考えた。
まあ、シズオグ郡と王都だと、遠すぎるから付き合えないけど……。
店内では、魔法学校を目指してる受験生らしき姿や、就活用のエントリーシートを作っている魔法学校の生徒の姿もあった。
自分の未来を切り開くために、みんな必死にやってるんだな。
どうか、その努力が報われますように。
誰だかわからない学生のために俺はそっと祈った。あんまり黒魔法的じゃないな。
「よし、かなり日も暮れてきたな」
アリエノールが窓の外に目をやった。それから、遠慮がちに俺のほうを見た。
「もし可能であれば、ディナーもどこかいい店を紹介してほしいのだが、いいか?」
今日、出歩く許可はすでにメアリからもらっている。セルリアは好きなだけ行ってこいというスタンスだ。
「うん、一箇所、いい候補があるんだ」
●
そこは紫魔法ダイニング&バー『ファントム』という店だった。
デートならここで決まり! と本に書いてあったので、それを鵜呑みにした。デート用ということは、基本的に女子を楽しませる店のはずだから、チョイスとしては間違ってないはずだ。
「やけに薄暗い店だな。黒魔法使いの巣窟か?」
「王都だと、こういうところがオシャレなんだよ、た、多分……」
俺もこんな店に入ったことはないので、よくわかってない。
ただ、薄暗い理由はすぐにわかった。
店の壁に女性アイドルの姿みたいなものが映る。
そして、アイドルが歌いはじめる。だが、その姿は現実にしては、どこか不自然だ。
「ああ、これは紫魔法で作っている幻影なのか!」
アリエノールが素っ頓狂な声をあげていた。
まさしくそのとおりで、この店は紫魔法で幻影を用意して、それを客に見せるショーをやっているのだ。客はそれを楽しみながら、食事をする。
女性アイドルが歌った後は、今度は男性の渋い中年の歌手の幻影が出てくる。こうやってショーは続いていく。
「なるほど……。ここまでかっこいい魔法の使い方はなかなかないな……。このアリエノール、黒魔法使いとして、敗北感を覚えるぞ……」
「気持ちはわかる……。インプを呼び出してもこんなことは絶対できないもんな……。だけど、ここはショーを楽しもうぜ……」
やがて料理が運ばれてくる。ショーを見るので、席は向かい合う格好ではなくて、二人で並ぶ形式だ。
次々に音楽が変わり、今度はしゃれたピアノの演奏の幻影になったあたりで、そっとアリエノールが俺の体に身をゆだねてきた。
「悪いな、少し酔ったようだ……」
「まっ、そんなに重くないし、そのままでいいぞ……」
アリエノールの鼓動が伝わってくるような気がする。少なくとも、体温は伝わってくる。
なんというか、これ、正真正銘のデートになってないか……?
この店の値段は正直、なかなか高い。一人頭、銀貨一枚を超える。ショー込みだからやむをえないとはいえ、毎日気軽に来れる店じゃない。
そのせいか、客層を見ると、カップル率が異様に高い。そっとキスしている連中までいた。
よもや、ガチの店を選びすぎただろうか?
これ、相手をその気にさせて落とすような勝負で使う店なのでは……?
もっとカジュアルな店にするべきだったか? アリエノールに引かれるのではと思ったが――むしろ、アリエノールは俺に密着してきた。
「アリエノール、しんどいのか?」
「このままでいさせてくれ、フランツ」
こう言われたら、従うしかない。
そして、夜もそこそこ遅くなったという時間になって――
「フランツ、悪いが酔ってしまった……。宿まで連れていってくれないか……?」
ええと、それって、その……何かにOKが出たと解釈していいんでしょうか……?
「わかった……。じゃあ、宿の前まで――」
「階段でこけるかもしれないから、部屋まで連れていってくれないか」
男として、OKが出たと考えるぞ。そう、とらえるぞ。
「あのな、黒魔法使いの男を部屋に入れたら、冒涜的なことをするかもしれないぞ」
「別に、私はそれでもかまわん……」
わかった。じゃあ、そうしよう。
そのあと、俺はアリエノールが予約している宿に入って、大変に冒涜的なことをしました。
ちなみにアリエノールは先に風呂に入ると言って出てきたら、全然酔ってなかった。酔ったふりをしていたとだいたいわかった。
「あんなロマンティックな店に夜に連れていかれたら、私も黒魔法使いだ……。その気になってしまってもしょうがないだろう……。うん、すべてはフランツが悪い……」
「その理屈はおかしい。けど、まあ、いいや」
結局、俺も宿代を払って、朝が近づくまで二人でいろいろやりました。
アリエノールとは朝に別れた。なにせ、あまりゆっくりしていると会社に遅刻しそうだったのだ。
いつも出勤する十五分前ぐらいに家には到着した。
「あらあらご主人様、立派な朝帰りですわね」
「まっ、フランツならそういうことをすると思ってたよ」
セルリアとメアリに冷やかされたが……弁解の余地なしだな……。
まあ、王都に対する見聞が広がったので、価値はあったと解釈しよう。解釈させてくれ……。
王都観光案内編はこれで終わりです。次回から新展開です!
さて、今回が今年ラストの更新です。来年1月にはダッシュエックス文庫3巻も出ます! コミカライズ連載ともども「若者の黒魔法離れ」を来年もよろしくお願いいたします!




