168 社会人の視野
ペースとしては明日更新するところなので、ちょっと明日の更新が遅くなりそうなので今日の夜に更新いたします。
そのあとも、俺はアリエノールが好みそうな女性向けファッションの専門の店とか、宝石の専門店とかいったところに連れていった。
「おお! こんなにワンピースの種類があるとはな! モルコの森は田舎だからこんな大きな店はないのだ――って、誰が田舎者だっ!」
「俺は何も言ってねえよ! 全部、お前が言ったんだよ!」
完全に流れ火の玉だぞ、今のは……。
でも、アリエノールは目を輝かせて服を物色していたので、よしとしよう。
宝石の店でも、「これは黒魔法に使えそうだな」といちいち言っていたが、おそらく自分の好みのブローチを見てただけだろう。
「それにしても、フランツ、なかなかやるな」
ペンダントの品定め中、アリエノールがふいに俺を褒めてきた。
あんまり俺を褒めてくるキャラじゃないはずなので、少しびっくりした。
「そうか? たんに住んでる街を紹介してるだけだぞ」
「いや、女子が行きそうな店もちゃんとわかっているではないか。てっきり、王都にある魔法博物館とか歴史資料館とか、そんな硬いところばかり案内するのではと思っていた」
ぎくっ……。
もし、何も下調べをしてなかったら、そういうところに連れていった可能性が高い……。
「だが、ちゃんとフランツは、もっと広い見聞を持って、王都を見ている。さすがだ。魔法学校の学生は魔法の勉強ばかり考えて、ほかのことは目に入っていないものだとばかり思っていた。それは偏見だったな」
アリエノールの言葉が刺さる。
それはまさに学生時代の俺そのものだったからだ。
たしかに俺は学生時代、真面目に勉強したと思う。そこは胸を張って言える。むしろ、そこぐらいしか誇れるところがない。
でも、勉強することを言い訳にして、自分の視界を閉ざしていた面もあったんじゃないだろうか?
たとえば、今、アリエノールを連れてきているのは服飾の店が並ぶ通りだが、学生時代は歩いたことすらほとんどなかった。
セルリアやメアリが家族に加わってからも、俺が知らないから案内もろくにできていなかった。
学生だから、新人の社会人だから、見えてる世界が狭いんじゃない。
俺が知らないうちに狭くしてしまっていたんだ。王都にすら知らない場所がいくらでも残っている。知らないことは絶対にプラスにならない。
逆に言えば、見ようと思えば、ちゃんとわかる。
この通りだって、ガイドブックにしっかり書いていた。とくに地方から来た人にとっては、この規模の専門店街はないから、十二分に観光地としての価値があるのだ。
これからは、いろんなものを吸収しよう。
黒魔法使いとしてだけじゃなく、社会人としてもレベルアップしなくては。
「なんだか、フランツ、意気込んでいるな」
「いや、しっかり最後まで観光案内をしなきゃなと思ったんだよ」
「そうか。ただ、ちょっと疲れてきたしな、カフェにでも入らないか」
「わかった。このあたりで、おしゃれなカフェっていうと……」
ガイドブックは持ってきてるけど、ここでそれを出したら、アリエノールからの好感度がまた下がるかな……。
「いや、せっかくだし、フランツにとって思い出のカフェでいい」
そんな変な注文がアリエノールから入った。
「ほら、学生の時にカフェの一つや二つ開拓しているものだろう。そこに連れていってくれ」
これ、地味に難しい課題だ。
なにせ、いきつけのカフェとか、とくになかった……。
学生は金がない。しかも、寮生だった俺は、寮に戻ってリーザちゃんにお茶を入れてもらってたりしていた。そっちのほうが金がかからないから、寮生は寮の食堂で勉強する奴が大半だった。
ううむ……。そっか、学生ならカフェぐらい知ってて当然――少なくともアリエノールはそう考えている。で、リア充な学生ならそんなにおかしなことじゃない。そして、俺はリア充じゃなかった。
待てよ。
自分の人生に大きな影響を与えたカフェならあるな。
「わかった。ちょっと、ここから歩くけど大丈夫か?」
「このアリエノール、田舎に住んでたから足腰は強い。心配するな――って誰が田舎者だ!」
だから、勝手にキレるな!
俺がアリエノールを連れてきたのは、カフェ『百の目を持つフクロウ』。
フクロウの調度品だらけの独特の空気が漂う店だ。
「なるほど……。なかなか渋い趣味ではないか。ある種、フランツらしいな。いきなりオシャレのかたまりみたいな場所に連れてこられたら、かえってウソくさいしな。この独特の空気は、まあ、認めてやらんでもない」
あんまり評価されてないな、これ……。
店主のフクロウ趣味が全面に出てるけど、それ以外はちゃんとした店だぞ。
「フランツはここで勉強をしていたのだな」
まるで、俺の残した記憶でも探るように、アリエノールは店内を見回していた。
ちなみにアリエノールの使い魔である『青鴉のリムリク』はフクロウの置物が多いので、警戒していた。かといってカラスの置物ばかりの店なんてものはないだろう。
「いいや、勉強には使ってない」
「じゃあ、友達とバカな話で盛り上がったということか。それもまた青春であるからな」
「それも違う」
「むっ? ならば、どういう用途で使ったのだ?」
アリエノールがいぶかしんだ顔になる。それも当然だろう。
「ここ、俺が今の社長と最初に会って、会社に誘われた場所なんだ」
しみじみと俺は言った。アリエノールもはっとした顔になった。
「俺、マジでその時まで黒魔法業界に入ることなんて考えてなかった。魔法学校を卒業したら普通は白魔法の会社に就職する、それが当たり前で、それ以外のことなんて選択肢になかった」
ああ、その面でも俺はやっぱり視野が狭かったんだ。
「だけど、社長と出会えて、黒魔法の会社に入って、俺の未来は開けた。そこに入らなきゃ、アリエノールと出会うことだってなかった」
その日、ケルケル社長と出会わなかったら、俺はまったく違う人生を送っていたかもしれない。ネクログラント黒魔法社の社員のみんなや、セルリアや、メアリとも会わなかっただろう。
人生って、本当に就職した会社でまったく変わってしまうんだな。
アリエノールは母親みたいに、やさしく微笑んで俺のことを見ていた。そんな表情をアリエノールがするのは意外だった。
「私はライバルの歴史の一端に触れたわけだな。なかなか、有意義だ」
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