167 社長に教えてもらった店
「ほう、やはり王都に住んでるだけあって物知りだな」
素直に感心されたが、さっき付け焼刃で学んだ知識なので、どうも面映ゆいな……。
「どうする? 入場料を払うと上まで登れるけど、正直なかなか疲れるからお前に任せる。ちなみに階段の段数は四百七十八段だ」
この段数の情報ももちろん本で仕入れた。
「そ、それは……なかなか大変だな……。やめておこうかな……」
「わかった。じゃあ、次のスポットに行こう。ここから近いところで、女性に人気のところがあるんだ」
次に俺が訪れたのは、ライオンの石像の口から水がごぽごぽ出る泉だった。
「ここは『獅子泉』と言って、女の子がここの水を飲むと、強くて丈夫な子供を授かると言われてる。水質検査でも問題ないと青魔法使いが判定してるから、飲んでもおなかをこわしたりしないぞ」
「子供を授かる……。ま、まあ……とくに結婚の予定もないが、飲んでおこうかな……」
なぜ、そこで顔が赤くなるんだよ……。
アリエノールはしっかり列に並んだ。伝説が伝説のためか、並んでるのはカップルや若い夫婦とおぼしき人が多くて、ちょっと俺も気恥ずかしい……。
「今夜こそ作ろうな」「もう、人前でやめてよー♪」なんて声が聞こえてくる。バカップルめ……。
「わ、私たちもカップルだと思われているのだろうかな……?」
「俺といて、い、嫌なら俺は列から出るけど……」
「別にいい。このまま並んでいてくれ……」
俺たちは少し落ち着かない感じのまま、列の先頭まで言って、手で水をすくって飲んだ。
「あんまりおいしくはないな。モルコの森の泉のほうがおいしいぞ」
「名水として有名ってわけでもないからな。むしろ森の中の泉よりおいしかったら、おかしい」
と、その時、「くぅ~~~~」とアリエノールのおなかが鳴った。
「そっか、もう食事の時間だな」
「しょうがないだろ! 鳴るものは鳴る! 生理現象だ!」
でも、どのみち、そろそろ昼ごはんに行くつもりではいた。
「王都の店だと、『聖騎士レストラン』が有名だな。あそこのランチプレートを一度食べてみたかったのだ!」
ああ、料理に関してはやはり俺より詳しいな。有名店を押さえてる。
『聖騎士レストラン』はたしかに観光客用の本には必ずといっていいほどに載っている。だが――
「アリエノールの希望だから、もちろん従うけど、多分これはダメだと思うぞ」
「どういうことだ? まあ、行ってみようじゃないか。ここからならそんなに遠くないことも知ってるぞ」
そのレストランは列がずらっと五十人以上はできていた。
「これはダメだな……。客の回転率も悪そうだし、夕方になりかねん……」
ほんとにこれはダメだって言ったな。
「だろ。ここは有名になりすぎて、観光客がとりあえず押さえておく店ってポジションになっちゃったんだ。今だと混みすぎて地元民も行くのを諦めてる。あとな」
俺はぼそぼそとアリエノールに耳打ちした。
「評判な店ほど、おいしいってわけじゃないぞ。もっと、おいしい店がある」
「そうか……。まあ、たしかにここはちょっと大衆的すぎて、名店という雰囲気はないな……。金儲けに走っている印象がある……」
飲食店に関しては、ちょくちょく社長との世間話の中で情報を仕入れている。
過去に、社長から「『聖騎士レストラン』はそもそも混みまくって入る気がしないと思いますが、並ぶほどの価値はないですよ」と言われていた。社長は王都の店には明らかに詳しい。
それと、本にも載ってない穴場の店をいくつか教えてもらっている。
「俺も入ったことはないんだけど、オススメの店はある。そっちに行かないか?」
「わかった。ここに並ぶよりは賢明だろうしな」
こうして、俺は大通りからはずれて、人気の少ない路地に入った。
そこで、「営業中」と木の札がかかっている、気取らない店を発見した。
正直、事前に場所を確認しておかないと見つけられないだろう。
「また、知る人ぞ知るという感じであるな」
「否定はしない。ほんとに地元の人間しか知らないし、行かない店だ」
そこで牛ヒレ肉がメインのランチを注文した。
前菜の時点でアリエノールの目の色が変わった。
喜んでいるといった感じではない。むしろ、真剣に料理を見て、口に運ぶと、さらにその目が怖くなる。
なんか試験をしてる監督みたいだな……。
あながち間違ってもないか。アリエノールは自分でレストランを開きたいと思ってるぐらいなんだから。
「ど、どうだ……? 口に合ってるか……?」
「フランツ、さすが王都に住んでいるだけあるな。この店は間違いなく一流なのだ。しかも値段も庶民でも食べられる価格に抑えている。なんと良心的なことだろう」
「お、そうか、なら、よかった……」
やっぱり、社長のチョイスは完璧だ。
そして、すべて食べ終えた後に、笑顔でこう言われた。
「ありがとう、フランツ」
天使のような笑顔をアリエノールから向けられるだなんて……。
くそ……。無茶苦茶かわいいじゃないか……。
「それはよかった……。まあ、社長に教えてもらった店なんだけどさ……」
このまま俺の手柄にするのは騙してるみたいで悪い気がして、正直にばらした。
「なんだ、黙っていればわからなかったのに。お前は変なところで真面目だな」
あきれたというより、不思議そうな顔でアリエノールに言われた。
「だって、こういう店って社会人として長くやってないと知れないところだろ。社会人一年目の俺は開拓できてない。今なら払えるけど学生時代に気楽に来れる店じゃないしさ」
「まっ、それもそうか」
アリエノールも納得したらしい。
「そのウソをつけないところもお前の美徳だな。黒魔法使いらしくはないけどな」
褒められたと解釈していいかは難しい発言をされた。
「まっ、伴侶にはいい特性かもしれんな……」
「そ、そうかもな……」
お互いに顔を赤くして食事を続けた。
会計を済ませる時、店主に「デート頑張ってくださいね」と言われた。
そう見えてるんだな、やっぱり……。
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