166 観光案内をしよう
アリエノールが王都に着くまで二時間ほど猶予があったので、俺は会社の地下にある図書室で王都の観光ガイドを何冊か読んでいた。
かなりゆるめの『ルル~~~ブ~~~』という本から、『大人の散歩シリーズ 王都』というもう少し高年齢層向けの本、あと、『王都魔法史跡案内』といった魔法使いが興味を持ちそうなマニアックなものまで。
「そういえば、それなりに長く王都に住んでいたけど……観光って意識がなかったよな……」
俺が王都に住んでいた期間の大半は学生だ。だって、会社員になって一年も経ってないからな。
ということは、長らく金欠状態で生活していたことになる。
もちろん、親が金持ちの学生もいるだろうが、俺の家みたいなごく普通の家庭は仕送りの額もしれていて、仮に平均よりちょっと多かったとしても、それで豪遊などできるわけもない。
お金のかかる店の情報はほぼないと言っていい。しかも、学生時代、一度も彼女がいなかったので、女性を連れていくような店についても詳しくない。
しかも、住んでいるせいもあって、王都の観光地なんてものにも意識が向いてなかった。休日になったからといって、王都の定番スポットをめぐるようなことなんて考えたこともなかった。
地元民は地元の観光名所に行かない問題である。
つまり、俺は王都のことを知っているようで、あまり知らないのだ。
「学生時代、よく使った定食屋とか古着屋を案内してもしょうがないもんな……。王都の観光名所っていうと、どのあたりになるんだろ……」
言うまでもなく、定食屋や古着屋に案内しても意味がない。それは王都に暮らすことになる人間には有益でも、王都を観光する人間には価値がない。
もう、この「仕事」の本当の目的がわかった。
社長は俺に地元、会社の本社がある場所がどういうところか理解しておけと言っているのだ。
今回、案内するのはアリエノール――同期の知り合いだ。赤の他人よりは気楽だ。
しかし、社会人として長く生きていれば、初対面の人に王都を案内するシチュエーションぐらい、いくらでも起こりうる。まして王都は文字どおり都なのだから、地方の会社から出張で人が来ることだって珍しくない。
そんな時、案内役が王都のことをまったく知らなかったら印象は明らかに悪くなる。
これは仕事が有能かどうかということとはまた別次元のスペックだ。どんなに優秀でも、たとえば王都の歴史をまったく知らないところを他社の人間に見られたら「無教養な奴だ」と思われる。あるいは「仕事人間ではあるけど、底は浅そうだな」とか思われる。
何も知らなければ、ゲストを楽しくもてなすことだってできない。
知的な会話には知識が最低限、必要になる。
そういったことに本をめくりだして開始十五分ほどで気づいた。
「まだ時間はある……。気になるところやいろんな本でプッシュされてるところはメモしとこう……」
簡単な仕事でもなんでもない。むしろ、テスト前直前に最後の追い込みをしている時の気分だた。
「なになに……『第四凱旋門も第五凱旋門もあるのに、第三凱旋門だけが存在しないが、それは建設途中に将軍が暗殺されてしまって中止になったから』か……。そんなこと知らなかった……。『エルフ坂は元々、オークが多く住んでたことからオーク坂と呼ばれていたが、前王朝の時代、オークの事件が増え、不吉だということでエルフ坂に改名された。なので、エルフがたくさん住んでたからついた名前ではない』って初耳だ……」
豆知識的なことを拾っていくときりがないが、きりがないと感じるということは、俺が王都に無関心だったってことの現れだ。なんとか、詰め込んで対応しよう。
――そして、アリエノールと会う時間になった。
長距離路線馬車の停留所で待っていると、アリエノールが降りてきた。
旅行だからか、少しよそ行きの格好だ。
「お久しぶり。そのスカート、か、かわいいな……」
「あ、ありがとう……。まあ、私がかわいいのは当然のことだがな……」
ミニ留学でアリエノールが来て以来だろうか。照れくささがある。でも、すぐにアリエノールはゲストらしく、偉そうに胸を張った。
「今日はしっかりと王都を案内してくれ。前に来た時は仕事のほうに精一杯になってて、全然観光もできてなかったのでな!」
たしかにミニ留学の時はまさにアリエノールも人生の選択肢を迫られていた。
休日があったからといって、心ゆくまで王都観光だなんてことはできるわけもなかっただろう。
「けど、なんでこんな一月の頭のほうに来たんだ? むしろ仕事はじめって時期だろ」
「あのな、地域密着の黒魔法使いは正真正銘の年末が忙しくて、一般の会社の仕事はじめの頃は暇になっているのだ。変な呪いを家にかけられてないか調べてくれという依頼がけっこうある。まあ、定期メンテナンスみたいなものだが、みんな不安なく新しい年を迎えたいからな!」
そっか、地元の黒魔法使いには、年中行事っぽい仕事があるんだな。
「ほかにも地域の白魔法使いと一緒に厄祓い的なこともやったりする。祓うことを白魔法使いがやっても、ちゃんと祓ったものを黒魔法使いが閉じ込めないと完成とは言えないのだ。なので、年末年始はかき入れ時だし、休みは仕事はじめの頃にとる」
「なるほど……。都市部で働く魔法使いとは生活のリズムがかなり違うんだな」
「私もようやくそういった仕事の一部を任されるようになってきた。前にお前と会った時と比べてもかなり成長しているぞ。フランツを抜く日もそう遠くはないな!」
ある程度は盛ってるだろうけど、アリエノールが地元でしっかり働いてるのは本当なのだろう。
「じゃ、今日は王都に住んで長い俺がとことん観光案内をしてやる」
「むっ……。お前も地方出身のくせに、都会人ぶりおって……」
「いや、かといって俺も全然知らないんだって言うのも案内する立場上おかしいだろ……。そこは我慢しろよ……」
こんな調子で、王都観光はスタートした。
まずは定番中の定番からいこうか。
「王都大塔だな」
王都の中にそびえる高い尖塔だ。
「おお……。近づいて見ると、また迫力があるな……」
「ちなみに正式名称は『マルクラス大聖堂鐘つき塔』だ。昔はあそこの塔の上で毎日、鐘をついて時間を知らせてた。ただ、あまりにも高くて大変だということで、今は別の場所の三か所の鐘を同時に鳴らすことで時間を告げてる」
「ほう、やはり王都に住んでるだけあって物知りだな」
素直に感心されたが、さっき付け焼刃で学んだ知識なので、どうも面映ゆいな……。
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