163 深夜の古代遺跡にて
俺たちは噂の出所となっているあたりを歩いてまわることにした。
まず、ライトストーンの海側ではなく、丘の側ということは確実だ。
それと、レダ先輩が調べていた情報によると、さらにもう少し細かくしぼりこめるようだ。
「だいたい、地区としてはこのあたりから、あの奥あたりであろうか。ちょうど、古代遺跡が含まれる範囲であるな」
「マジですか……。ちょっと気味悪くなってきたな……」
根拠がないわけじゃない。俺の先祖はこの土地でメアリの兄である『闇より黒き冥界の鳩』を召喚している。いわば、黒魔法にとっては、それなりにゆかりのある土地なのだ。
先祖がメアリの兄を召喚するのにパワースポット的な魔力を使ったとか、ありそうな話なんだよな。
もっとも、古代遺跡がなんらかの魔力であふれているなら、メアリが一切感知できないというのもおかしな話ではある。メアリがわからないような微弱な魔力なら、パワースポットとしては利用できない。
「この時間なら、歩いてる人間もいないでしょ。気配もたどりやすいんじゃない? レダさんはこういうの、専門家だよね?」
レダ先輩がメアリの質問に小さくうなずいた。
「いかにも。繁華街や商店街でもないから、人通りはほぼ皆無。かなり先まで確認できるとは思う」
これはかなり心強い。
たんなる噂なら噂だったということでかまわない。俺の中でも地元がなんともないという結論を得てから、新年を迎えて、また王都のほうに戻っていきたかった。
「実は昨夜もこのあたりを軽く探索したのだが、何も出くわすことはなかった。時間帯がずれていたのかもしれぬし、毎日やっているわけではないのかもしれん」
「毎日ってことはないでしょうね。それだと、さすがに近所の住人にばれそうですし」
民家がある地区は軽く歩いていたが、不審な人物はいなかった。
むしろ、人自体がいない。
このあたりは純然たる住宅地で深夜に歩く奴なんていない。可能性があるとすれば、海側の飲み屋とかで飲んでた酔っ払いぐらいだろうけど、このあたりまでそこそこ距離があるから、飲んべえももっと早く切り上げるんじゃないか。
「戦果はなしだね。ちょっとずつ古代遺跡に近づいてきてるね」
メアリの言葉が不吉に響く。ウソから出たマコトなんてことがあったりしないだろうか……。
「少し、黙ってくれぬか」
いきなり、レダ先輩が言った。その声にどこか鬼気迫るものがあって、俺は素直に従った。
かすかに何かを唱える声が風に乗って聞こえてくる。
俺がわかったってことは、レダ先輩なら確実に聞いているだろう。
「やはり、何者かが詠唱を行っているようであるな。まだ、詠唱内容までは聞き取れぬが、黒魔法に近いような気がする」
「ここで聞こえるってことは、さえぎるものがないところに声の源があるわけで……まさか、古代遺跡……!?」
古代遺跡のてっぺんなら、風向き具合で音が聞こえる可能性はある。
「フランツ、危なくなったら無理せずわらわの後ろに隠れるようにしてね」
事態が事態なせいか、メアリの表情も厳しいものになっていた。
「わかった。慎重に行動する」
俺だってこんな地元で危険な目に遭うのは勘弁だ。
かといって、この状態で引き下がることも絶対にできない。もう、正体を見極めるしかない。
俺たちは古代遺跡へと、足を速めた。といっても、足音が目立って、詠唱者に逃げられたら無意味なので、どたどた走るわけにはいかない。
「拙者の耳には、古代遺跡に近づくにつれて、声も大きくなっているように聞こえる。古代遺跡に何かがいる!」
俺も普段の仕事よりはるかに集中していた。何もないことを祈りたいけど、今更それは期待できないだろう。
そして、古代遺跡の頂上の円の部分が見えるところまで来ると――
誰かがそこに立っているのが見えた。
「ついにやってきたね」
「もっとも、たいした奴ではないな。黒魔法のようであるが、詠唱の発音がひどいものだ。素人とすぐにわかる」
やっぱり、レダ先輩は耳がいいな。俺はまだ発音の良しあしまでは聞き取れない。
「さてと、それでは『仕事』といくか」
また、レダ先輩の発する気配が変わる。
「その……殺しとかはやめてくださいね……?」
この人は裏世界の仕事人だからな……。
「案ずるな。そっちの仕事ではなく、ライター仕事だ。謎の詠唱を行う人物に取材を敢行する」
あっ、そういうことか……。
そして、颯爽とレダ先輩は古代遺跡のほうに走っていった。
何やら上のほうで話をしているようだ。
ということは相手は逃げたりもしてないということか。
思ったよりも平和そうだったので、俺とメアリもリラックスして現場のほうに向かった。
「フランツ、わらわ、詠唱者の正体がわかったよ」
向かう途中にメアリが言った。
「ほんとか。やっぱり、黒魔法使いってことか?」
メアリはすぐには何も答えなかった。
「もしかして答えづらい相手か……? たとえば、アリエノールがパワースポットと聞いて、やってきてたとか……?」
アリエノールは、黒魔法使いとして成長するためになんでもやろうとしそうだからな。
わざわざやってくるぐらいのこともありえそうだ。
まだ、メアリは何も答えない。
「あまり、フランツはこの事実を知らないほうがいいかもね……。でも、知らないわけにもいかないよね……」
「お前、そこまで言われたら、確認するしかないだろ」
ここまで来て帰りますって選択肢は、どのみち絶対にないけど。
――そして、俺はメアリの言った意味がとてもよくわかった。
古代遺跡の上には、俺の親父が立っていた。
「おい、親父、ここで何してるんだよ!?」
けっこう遠くに響きそうな声でついつい叫んでしまった。
近所迷惑だったらすいません……。
すいません、更新が深夜になっちゃいました……。現在、ダッシュエックス文庫3巻の作業をしております! コミカライズともどもよろしくお願いいたします!




