157 故郷に到着
「夜な夜な、怪しい詠唱を行っている者が出没するらしいのだ」
レダ先輩の言葉に、俺は青い顔をした。
「地元で事件や問題が起こるのは勘弁してほしいですね……」
せっかく、前回帰省した時に、先祖の魔法使いの件は解決したっていうのに……。
「まだ詳細はわかってないので、そのうち張り込まないといけないと思っていた。ちょうどいい。新年はライトストーンで過ごすことにしよう」
「わかりました。家庭の事情がなければ、俺の家に泊まってもらってもよかったんですけどね……」
家庭の事情というか、親父の事情です。女性を泊めると、ややこしいことになる。
「ああ、もちろんそんな迷惑になることはしないから、安心してほしい。いろんな町になじみの宿があるんだ。ライターをして長いからな」
こうして、馬車に乗ってライトストーンまで先輩と一緒に行くことになった。
ネクログラント黒魔法社の社員がなかなか揃わない理由もわかってきた。レダ先輩みたいに全国を飛び回ってるんじゃあ、そりゃ、王都の社屋にも来ないだろう。
社長はハイスペックだけど癖のある人材を集めて、会社を運営するということを過去に考えたんだろうな。それがいつから軌道に乗ったのかはわからないけど、今、会社は上手くいっている。
おそらく、社長は規模の大きな会社が持つ弊害というものを過去に見てきたんだろう。
社員数が多くなればなるほど、社員の人間性は阻害されやすくなる。たとえば、替えはいくらでもいるという状態になる。社員個人のためというより会社のためという要素が強くなる。
すべての大企業がそうというわけじゃないだろうけど、ネクログラント黒魔法社みたいな働き方は規模が大きくなったら難しいだろう。
昔の社長のこともレダ先輩から聞きたかったけど、徹夜したせいもあって、馬車に乗ったらみんな眠ってしまった。
そして、数回の馬車の乗り換えでライトストーンにたどり着いた。
途中、車窓から海が見えたが、冬の海のわびしさを感じる。夏休みに来た時のような活気はない。海水浴なんてできるわけないしな。
「ライトストーン、あんまり変わってないね」
メアリが景色を見ながら言う。
「そりゃ、そうだろ。前回から半年も経ってないのに激変してたら怖いぞ」
「サンソンスー殿も休暇中であったかな。彼女の故郷はまあまあ遠いし」
ああ、冬は海の管理の仕事も少なそうだし、長期休暇もとれそうだ。
「さて、拙者は街道沿いの『ライトストーン第一ホテル』に宿泊する。もし、何か用事があったら朝に来てくれればだいたいいるだろう」
「まあ、多分、伺うことはないと思うんですが、もしお会いしたらその時はよろしくお願いします。ところで怪しい詠唱をやってる奴って、どのへんに出没するんですか?」
「海辺ではなく、丘のほうらしい。君たちももし何か見かけたり、気になるものがあったら教えてくれ」
こういうところは、いかにもライターって感じだな。まあ、どう見ても義賊だなんて人間、そうそういないだろうけど。
俺とメアリは実家に戻る前に地元の市場をぶらぶら歩いた。
「やたらと、焼いたタイを売ってる店が多いね」
「このあたりは、タイの産地なんだ。それと新年にタイを食べて祝う風習もあるから、よく売れるんだ」
「ふうん、人間の世界の風習もそれぞれだね」
たしかに魔界でタイを売ってる風景は想像しづらい。
学生時代も帰省はしていたけど、会社員になってからの帰省はまた異なる感慨があった。
なんだろう。学生の時以上に地元に愛着を感じるというか。昔見ていた何気ない光景を見て、心がなごむ。
「ふふっ、フランツ、とってもやさしい顔をしてるね」
メアリが微笑んだ。
「そうか? そんなに意識はしてないんだけど」
「やっぱり、フランツにとっての故郷ってここなんだね。これから先、王都に何十年住んでも、ライトストーンはフランツの大事な場所であり続けるんだよ」
「まあ、故郷ってそういうものなんだろうな。あんまり開発されてほしくないし、その逆でさびれてほしくないという気持ちもある」
いろんなところで地方が衰退しているって話を聞くけど、その波に地元が巻き込まれるのはつらいからな。
そうやってぶらついてると、主婦のこんな話が耳に入ってきた。
「謎の詠唱って結局、何なのかしらね?」「よくわからないけど、今のところ、前、やたらと商品が安くなった時みたいな影響はないわよね」「そうね。何もなきゃいいんだけど」
おいおい……。割と話題として広がってるぞ……。変なことにならなきゃいいけど……。
「そういえば、このライトストーンってかつては魔法の重要なスポットだったらしいわね」「ああ、なんでも地脈っていうのかしら、ここで魔法を極めると偉大な力を授かるとか言われてるのよね」「パワースポットって言うのかしら」
マジかよ! そんなこと、俺、聞いたことないぞ!
主婦の情報収集スキル、高いな!
「フランツ、ライトストーンってそんないい土地だったの?」
「すまん、俺も恥ずかしながら初耳だ……」
「じゃあ、役場にでも行って聞いてみたら? もしかしたら、レダって人が追いかけてることと関わりがあるかもしれないし」
そういえば、この土地が魔法使いにとって特別な場所なら、怪しい詠唱とのつながりも考えられる。
もしも、町の人間をまとめて生贄にする魔法なんて使われたらシャレにならないしな。
「そうだな。役場に寄ってみようか。図書館も併設してるから情報は得られる」
役場は市場から徒歩五分のところにあるのですぐに着いた。
で、ある意味、着いた直後に謎の一部は解けた。
『魔力のパワースポットの街、ライトストーン』というのぼりが役場の横に置いてあった。
「なんだ、これ……。役場のほうが宣伝してるのか」
役場の観光課の人を読んで聞いてみた。
「ああ、実はですね、秋からパワースポットの街として、街おこしをすることになったんですよ」
なんだそれ! 自作自演かよ!




