155 主に文筆をしてます
「ここで話をする気もならないしさ、そちらがよかったら、夜の散歩をしながら話を聞かせてくれないかな? わらわたちが危害を加える気がないのは、君ぐらいの実力者ならわかるでしょ?」
「承知した」
レダはにこりともせずにそう言った。
こうして、十字傷のレダという義賊(今は正社員らしいけど)と夜の街を歩くことになった。
「なかなかの腕前だったよ。あれだけ身体能力の高い黒魔法使いは人間では貴重だね」
「おぬしも相当な強者だとお見受けした。さぞ、名のある魔族なのであろう」
「うん、『名状しがたき悪夢の祖』だよ。メアリって呼んで」
軽く自己紹介していい名前じゃないけど、本人が軽いからいいんだろう。
「ああ、話は聞いている。となると、そちらの御仁はフランツ殿か」
あれ? 驚かれないのはまだしも、なんで俺の名前まで知ってるんだ……?
「そうですけど……俺たちって、泥棒業界でそんなに名前が広まったりしてますか……?」
たしかにトトト先輩と一緒に仕事をしてた時に、しょぼい盗賊団をとっちめたことはあるのだけど、それだけで全国に名が売れるとは思えない。
「同じ会社の社員だからだ」
すると、レダは俺のほうに何かを見せてきた。
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ネクログラント黒魔法社 社員証
氏名 レダ
年齢 秘密
住所 不定
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「えええええ! 正社員ってうちの会社なんだ!?」
まさか、元義賊が正社員になってるだなんて……。そりゃ、これまで会うこともなかったはずだ。
あと、年齢や住所が書かれてないのって、社員証としてどうなんだ……?
「あれは何年前だったか、ケルケル社長とお会いしてな、働かないかとお誘いを受けた。といっても、拙者は社員として働けるようなスキルは持っていないと固辞したのだが、別に会社の利益になることをしなくてもいいとおっしゃられた。天使のようなお方だ」
天使じゃなくて、ケルベロスなんだけど、そんなことはちっぽけなことだ。
「社長いわく、拙者のような特異な人材がいると、会社に弾力性なるものが生まれるらしい。普段は役に立たないようなことをしている人材が、会社が危機に陥った時、ブレイクスルーになるものを作ったりするのだと。会社に適応しすぎた人材だけだと、ひとたび会社の経営が傾いた時、立て直すことが難しいそうだ」
「アリの巣の研究でこんな話を聞いたことがあったような……」
アリの巣は常に一定数のサボっているアリがいるのだが、そういうアリがいることで巣が危機になった時にそいつらが頑張って乗り越えられるとか、そんな話だった気がする。うろ覚えだけど。
「けど、本当に社員らしいことは何もせずにこうやって強盗団を倒したりして、生活してるんですか?」
ケルケル社長が物好きでもやりすぎだと思う。
「いや、それはいくらなんでも申し訳が立たないので、こういうものを作ったりしている」
何か本のようなものをレダ先輩(先輩とわかったので呼び捨てにできない)が出してきた。
『黒魔法使いの基礎知識 新社会人応援編』
「これ、俺が買った本だ!」
「編集から記事の執筆、取材まで幅広くこなしている。仕事のかたわら、必然的に各地を移動するので、そこで強盗団のようなものを発見すると、今回のように退治している」
「なんだ、思ったより真面目に働いてるんじゃない」
メアリも得心がいったという顔をしている。
「うむ。編集や取材をしていると、勤務時間が不規則になってしまうので、裁量労働制ということにしている。そもそも出社という概念もないしな」
裁量労働制って義賊の仕事をするからじゃなかったのか……。
「しかし、こんなふうに同じ会社の社員と出会えるとは面白い縁だ。早朝までやっている居酒屋で飲まないか? ここは先輩としておごるぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
俺は居酒屋への道すがら、ケルケル社長の顔を思い浮かべていた。
オーガルって街を勧めてきたのは、レダ先輩に会わせるためだったのか……。
しかし、そこで本当にレダ先輩に遭遇する確率は、ものすごく低かったはずだ。それこそ、俺とメアリが宿に泊まったら、その時点で出会いはなかった。
となると、そんな低い確率で出会ってしまうところを評して、ケルケル社長は俺のことを「持ってる」と表現したんだろう。
そのあと、居酒屋でレダ先輩の話を聞いたが、ケルケル社長とは強盗を倒した時に顔を合わせたらしい。で、そこでそのまま社員にならないかとスカウトをされたという。
強盗を倒したから悪人じゃない可能性は高いとはいえ、よくスカウトしたな、社長……。
「拙者も驚いた。会社勤めは各地を流浪している身では無理だとも言った。だったら、ライターとして働いてくれと持ちかけられた。最初の仕事は黒魔法業界の雑誌に、各地の黒魔法の遺跡を紹介する記事を書くことだったか。全国を歩いていたから、そういうのは得意だった」
ちゃんと、この人の長所を生かしている!
「おそらく、出版社の人間などは、ネクログラント黒魔法社という会社に籍を置いているライターだと認識しているようだ。無論、十字傷のレダであるという正体は知られていない」
「でも、レダって名前は隠してないんですよね」
「レダという名前ぐらい、いくらでもいる。どうってことはない」
まあ、強盗団とか裏社会の奴しか知らない名前らしいから、表で働く分には影響もしないのだろう。
「しかし、すべての事件が時効になったら、暴露本を出してもいいかなとも少し考えている」
「いや、それはまずいでしょ!」
義賊のイメージが台無しになるし! そんな売れなくなってきた芸能人の炎上商法みたいなのはやめてくれ!
「冗談だ。このまま、秘密を背負ったまま生きるのが拙者には向いているさ」
レダ先輩は笑いながら、強めの酒を飲んだ。
「そういえば、若く見えますけど、レダ先輩の年齢って――」
「秘密だ」
即答された。
「アンチエイジングの黒魔法をしている」
この会社、定年って概念、まったくなさそうだな。
やがて、夜が明けてきたが、徹夜するだけの価値がある一日ではあったと思う。




