152 悪徳抜き
朝早くに出たこともあって、お昼頃には俺たちはオーガルの街に着いた。
「そんなに有名な観光地ではないけど、歩いてみると、なかなか風情があるな」
「うん、これぐらいの落ち着き具合のほうがわらわもちょうどいいや」
オーガルは水の街と呼ばれている。
街の中に何箇所も湧水が出ていて、さらに水路も張り巡らされている。その水路を使って、荷物を運ぶ商人の店が並んでいたりして、商業的にもかなり栄えているのがわかる。
「広すぎず、狭すぎず。市街地を散策するにも最適なサイズかもな。ただの帰省より絶対こっちのほうがいいや。社長に感謝しなきゃ」
実家と王都の間にも、いくつも街はある。じっくり歩いたことのない街のほうが多い。
そういうところを学生時代は通過してただけだったけど、当然どこの街にも人は住んでいて、生活がある。そんな様子を見るのも、社会人としては無駄にならない。
たとえば商談相手がオーガルの出身で、俺がオーガルを観光したことがあったら、それで話がはずんで、契約成立なんてこともあるかもしれない。
何事も無駄なことなんてものはないんだな。
それと単純にメアリも満足しているようだった。
「うん、このほどほどにシックな景観、大人の小旅行らしくていいね。酸いも甘いも経験した二人の旅先って印象があるよ。勢いに任せた若い奴の旅行とは一味違うね」
見た目は子供だけど、そんな洒落た旅行が趣味なのか……。
でも、わからなくはない。学生時代も、旅行で盛り上がってる男女とかいたけど、あれって、行った場所は正直どこでもいいの丸わかりだったもんな……。はしゃぐ口実だけっていうか……。
それと比べれば、こうやって街の散策をするほうが俺も性に合ってるな。
ぶらぶらとまさに当てもなく歩いていると、軒先で不思議な光景を見かけた。厳密に言うと、メアリが不思議に思って俺に聞いてきたのだ。
「ねえ、あれって何をしてるの?」
家の前にそこの住人らしき男女が立って、なにやら祈りを捧げている。
その二人の前で、真っ黒な頭巾つきのローブをかぶった人物が詠唱をしていた。
その人物は「この者たちの悪徳を今こそ奪い取り、糧にせよ。さあ、ほしいままに貪るがよい」などと「詠唱」をしていた。
「詠唱」ではあるが、魔法ではない。
「あれはな、年末に出没する『悪徳抜き』っていう職業だな。そっか、王都だともう見なくなったって言われてたけど、このへんの地域だと残ってたのか」
「あくとくぬき? 聞いたことない仕事だね。土俗信仰なのかな」
リアリストのメアリにはすぐに迷信とわかったらしい。
「そう。あれは黒魔法使いに扮して、その一年に犯した罪を吸収して、きれいな体で新年を迎えられるようにしてあげますよっていうおまじないなんだ。昔は王国全土でああいうのが街を歩いていたらしい。広義の芸人に当たるって授業では習ったけど」
起源はよくわからないが、千年近く前からこういう存在はいたらしい。たいていはお金に困っている人間が糊口をしのぐためにやっていたようだ。職業といっても年中やってるわけではなくて、この時期だけ悪徳抜きをやって、お金をもらうのだ。出稼ぎみたいなものだろう。
あの詠唱では相手の悪徳を抜くだなんて変な魔法は発動しないはずだ。多分、魔法として実在してもかなり変なもので、一般人が聞いてもわからないだろう。
というわけで、本物の黒魔法使いがやっている可能性は低い。むしろ、本物がやったらバカにされるはずだ。
かつてはこういう、特殊な職業もギルドで管理されていて、所属してないのに勝手に仕事をしたりすることはご法度だったらしいが、今ではやってる人間が少なくなってきて形骸化している。
「いわゆる、年末の風物詩ってとこで合ってる?」
「うん、それで正解だ」
そんな話をしていたら、もう悪徳抜きはいなくなっていた。
悪徳を抜いてもらった夫婦らしき男女は、これで気兼ねなく年が越せるねと笑っていた。気休めでも、迷信でも、心の平安が得られるなら悪いことじゃないだろう。出すお布施も知れてるだろうし。
しかし、これで話を終わらせないのがメアリだ。
メアリの洞察力は並みはずれている。
「ああやって、年末にだけ黒いローブ姿で街をうろちょろするってさ、強盗の下見には最適なんじゃない?」
さらっと、メアリは言った。
俺もはっとした。
「たしかに、あれならおおっぴらにいろんな家を回れるよな……。商人の屋敷だって例外じゃない……」
馬車に乗っていた商人の話だと強盗団『冥府カモシカ』は三十人も構成員がいるという。その数の人間が一斉に街をうろついたら、あからさまに怪しい。
偵察にはその時期に街を歩いていても違和感がない存在を使うんじゃないだろうか?
「あとね、フランツ、わらわはあいつが黒いローブでうさんくさいから怪しいだなんて、雑な推理をしてるわけじゃないよ」
メアリの表情はとても真剣で、怖いとすら思うものだった。
「あの黒いローブの奴、明らかに危険なオーラを発してた。頭巾つきローブを羽織ることでちょっとでもそういうオーラが周囲にもれないように気をつかってたけど、一般人が出さないものがぷんぷんしてたよ」
「じゃあ、本当に大当たりってことかよ……」
こうなると見て見ぬふりというわけにもいかなくなってくる。
なにせ強盗団は平気で侵入した商人宅の人間や途中で顔を見た人間を殺したりするのだ。放っておけば何人もの人命が損なわれることになる。
「じゃあ、警察に連絡しとこうか」
「それだけじゃダメだよ。だって、黒い頭巾のせいで顔も見えてないんだよ。しかも――」
メアリが指指した先には、また悪徳抜きがいた。
けど、それは背の高さからしても、頭巾を頭にかぶってないことからも別人だとすぐにわかった。
「――この街には悪徳抜きが何人も歩いてるみたいだ。さすがに警察だって、ちょっと怪しいと思ったって証言だけで、すべての悪徳抜きを拘留するわけにもいかないでしょ」
これは夜に散歩してみようかってノリでは済まされなくなってきたな。
ケルケル社長は俺のことを「持ってる」って表現したけど、これじゃ、むしろついてない奴だと思う。普通は、こんなのわからずにスルーしてるところだぞ……。




