147 夕陽は絶景
「えっ!? 巻かないの!?」
俺は真顔で尋ねた。もう、何もかも見えちゃってるんだが……。
「だって、ご主人様に裸は何度も見られているじゃありませんか。わたくしは気になりませんわ」
「それはそうかもしれないけど……」
「そっ、気にしないメンバーは気にしないってことよ」
その声はトトト先輩。
やっぱり、トトト先輩もバスタオルを巻いてない! 安定の全裸だ!
「自分の家ですら全裸の私がお風呂で隠すわけないでしょ。これこそお風呂での正装。バスタオルを使うのは邪道も邪道よ!」
トトト先輩がそういうキャラなのは知っていたけど、やはり落ち着かない……。俺は海を見ることにしよう……。
そうしているうちに、後ろから残りのメンバーの声も聞こえてきた。
「あ、ちょうどいいお湯。私、熱いの苦手だからちょうどいい」
「ファーフィスターニャさんはぬるま湯にゆっくりつかるタイプでしたね。私は先にゲルゲルを洗っておきますね」
「とっても広いですね。ボクは泳ぎたくなってきちゃうよ」
「サンソンスーさんは泳ぎもお得意ですものね」
ぶっちゃけ、海の景色よりもその逆側の景色を見たい。だが、思いっきり見るのは露骨すぎる。ものには何事にも順序というものがあるのだ。
そんなことを考えていたら、俺の後ろから、どぼーん! と水しぶき、いや湯しぶきが立った。
「ふふふ~。飛び込んじゃった~!」
「メアリ、部屋風呂だからって、そんな子供っぽいことするな――」
ぴたっとメアリが俺の背中にひっついてきた。
バスタオルとは違う、もっと直接的な感覚が背中に来る。
「お兄ちゃん、だっこして~」
いたずらっぽくメアリが言う。むしろ、いたずらそのものなんだろう。だが、こっちとしてはシャレになってない。
「お前な……。今の俺はお前が考えてるより、はるかにまずい状況になってるんだからな……。だいたい、家でもこんなことはしてこないだろ!」
家でのメアリはどちらかというと、恥じらいを持って生活している。裸で近づいてくるなんてことも原則としてない。
「だって、露天風呂でしょ。わらわも開放的になってるんだよね」
唯一の男である俺はもてあそばれている……。それは間違いない……。少数派はこういう時、不利だ。
ここはゆっくりと深呼吸だ。情念にとらわれるな。流されるな……。
「何、たそがれちゃってるのよ、フランツ君」
「ご主人様、やたらとじっとされてますわね」
裸のトトト先輩とセルリアが正面に回り込んできた。
くそっ! 俺の努力があっさりと踏みにじられていく!
本音を言えばサキュバス的なことがしたい。しかし、こんなにみんながいる前で、そんなこと口に出せるわけもない。じっと耐え忍ぶしかないのだ。
「セルリア、先輩……夕陽、きれいですね。王都ではこんな海に沈んでいく夕陽は見れませんよね。俺は感動してます」
「そんなのより、おっぱいとか見たいんじゃないの?」
先輩、直接的すぎる!
「……希少価値から言うと、ここから見る夕陽のほうがレアですから、夕陽を見ます。トトト先輩の裸はそれなりの回数見てるので……今回はパスでもいいかな……。あと、まっ裸を見せられてきて、ありがたみも薄れてきてるというか」
「ちょっと! それは失礼なんじゃない? 私だって、なかなかいい女よ! 走り屋のレディースの中でも美貌レベルならトップクラスだったわ!」
それはわかってますよ! むしろ、だからこそ耐えようとしてるんじゃないですか!
なお、この間、ずっと背中にはメアリがひっついている。
心理的には何かのテストを受けているような気持ちだ。俺の自制心が試されている。
後ろから聞こえてくる声は割と平和だった。
「モートリ・オルクエンテ五世、あんまり体をぶるぶるさせちゃダメ。お湯が飛び散るから」
「故郷の海もあったかかったな~。ボクばのんびり寝そべってますね」
「ゲルゲルはあまりファーフィスターニャさんのほうを見てはいけませんよ。マナー違反ですよ」
「ファーフィスターニャさんの黒髪、お湯をかけるとカラスの濡れ羽色になってとっても美しいワン」
「どうせ、体はあんまり成長してない。アンチエイジングで精いっぱい」
「それはそれでいいワン。というか、こちらのメンバーは全体的に胸があまりないワン。サンソンスーさんはないこともないけど、それでも知れているワン」
ゲルゲル、みんなに失礼だぞ。
「むっ、そういう言い方はないと思うよ。そういうことはスタイル全体を通して評価してほしいな。ボクの体は引き締まってるだろ?」
「それは一理あるワン。でも、個人的には張りがあるのより、サンソンスーさんみたいな頼りなげなほうが好みだワン」
やはり、ゲルゲルは失礼だな。
そのあと、社長がゲルゲルをつねったらしく、ゲルゲルの「ごめんなさいワン!」という声が聞こえてきた。社長の前で調子に乗りすぎたな。
「しかし、たしかに体つきだと、ファーフィスターニャさんとサンソンスーさんは違うタイプですねえ。私は私で、幼児体型で、また違いますし」
「こういうのって、男の視点だとどれがいいのか、よくわからない。場合によっては肉感的になるアンチエイジングの練習もしたい」
「それって、ボクら女子の間で話し合っても答えが出ないよね」
いい予感、もとい悪い予感がした。
お湯に動きがあった。なんか、みんな近づいてきてるような……。
「フランツさん、こちらを向いてもらえますか?」
そう言われてしまったら、向くしかない。
裸の三人が並んでいる。
「後輩君はどういう体がいいの?」
ファーフィスターニャ先輩が尋ねてくる。
「そ、そうだね……。今後の街コンのためにも、率直な意見を聞きたいな……」
サンソンスー先輩も。
俺はまた一度、ゆっくりと深呼吸をした。
そして、達観したような気持ちで言った。
「それぞれに違いがありますが、どれもいいです。どっちがどれだけすぐれているとか、そんなつまらない尺度はないんですよ。みんな最高です」
そう言った直後、俺は頭に血がのぼって、のぼせかけて、浴槽から出た。
一年分ぐらいの胸を見たぞ……。
あと数日でコミカライズもはじまります! よろしくお願いいたします!




