144 フルーツを舐めるだけ
明日、早朝に出かけるので夜のうちに更新しておきます!
少し危ないところもあったが、二時間ほどでアタミス温泉に到着した。
アタミス温泉は町の至るところから湯気が立っている。まさに温泉地にふさわしい。
しかも高台からは広がる海を見渡せる。植物も王都より南国に近いものが多い。
「いや~、いいですね~。やはり、王都からの社員旅行と言えばアタミス温泉ですね!」
実のところ、社長が一番盛り上がっている。よほど行きたかったらしい。
「私がまだ若かった頃は、アタミス温泉に会社全員で行くというのが当たり前だったんです。でも、そういう団体旅行もだんだんとなくなってきたんですね。それは価値観が変化していくことだからしょうがないんですけど、たまに来るとやっぱりワクワクします!」 社長が若い頃って、何百年か前のことだろうか……。気になるけど、女性に年齢のことを詳しく聞くのは失礼だからやめておこう。
「あったかいから、冬を過ごすにはいいかもね。海もあるし」
ワニ獣人のサンソンスー先輩も地元に土地の雰囲気が多少近いのか、楽しげだ。
「たしかに、いい陽気ですわね! これならサキュバスとしても解放的になれてありがたいですわ!」
セルリアも寒さを我慢しなくてすむのではしゃいでいる。
「いかにもな観光地だね。さあ、人間の世界の温泉地はどうやってわらわを楽しませてくれるのかな」
メアリは集団だと一人はいる、ちょっとひねくれた発言をしている。でも、そこらへんが妹らしいといえば妹らしい。
「最近、本当にメアリが妹に思えてきた」
俺の発言に、さっとメアリが顔を向けてきた。
「フ、フランツ……妹だったら、あんなこと……一度もしないでしょ……」
メアリの顔が赤くなるので、俺も釣られて照れる……。
「だよな……。メアリの言うとおりだ……」
あんなことをする兄妹はいない。いたらよくない。
「さてと、皆さん、まずはどこに行きましょうか!」
社長は観光マップをじっと見つめている。今日は仕事のことは何も考えずに遊び倒す気だな。
「社長、この熱帯植物園というのがいい」
ファーフィスターニャ先輩が最初に意見を言った。ぼそぼそとしゃべるけど、控えめな性格というわけじゃない。むしろ、押しが強い時も多い。
「はい! 最初は熱帯植物園ですね!」
その熱帯植物園は名前のとおり、なかなかむしむししていた。
植物園全体がドーム状の建物に入っていて、冷たい外気に触れないようにしているんだろう。
案内板には、緑魔法の魔法使いが職員として働いていて、年中管理をしているといったことが書いてある。
「そっか、緑魔法ってマニアックなイメージがあったけど、これは緑魔法しかできないよな」
「王都には、あまり緑魔法のお仕事ってありませんからねえ。でも、森や山の多い地方に行くと、緑魔法のお仕事は意外と多いんですよ。深い山に分け入ったりすることもあるので、魔法使いの中ではある意味、最も運動能力が求められるかもしれません」
社長がさっと説明を加えてくれる。なんだか、学校の先生みたいだ。
「ああ、そういえば王都ってあまり森林もないですもんね。王都の魔法学校でも緑魔法に関する勉強ってあんまり行ってなくて、むしろ地方都市の魔法学校で盛んだった気がします」
「ですです。魔法も得意分野がそれぞれあるんですよ。その得意なところで、しっかりお仕事をしていかないといけないんです」
社長の話を聞いていると、意外と仕事っぽさがある。
そして肝心の植物園の中身だけど、ファーフィスターニャ先輩とサンソンスー先輩は楽しそうに植物を見ていた一方で――
トトト先輩とメアリはいまいち気乗りしない顔をしていた。
「ただの植物じゃん。どこが面白いの?」
「だよね。ただの植物だよね。珍しいのも生えてるんだろうけど、だからなんなのって話だよね。これなら地元のダークエルフの植物園のほうが種類も多かったわ」
そりゃ、きれいな花が咲きまくってるわけでもないし、緑色で埋め尽くされた空間を歩いてるだけと言われればそうなんだよな……。
気持ちはわからなくもないけど、堂々と白けると空気が読めない奴になってしまう。俺はチキンなので、そこそこ楽しんでるふりをしている。
「ほら、先輩もメアリも、後半に楽しいコーナーがあるかもしれないし、もうちょっとテンション上げていきましょうよ」
「楽しいコーナーなんてないんじゃない? だって、植物園には植物を見る以外の要素ってないでしょ」
けど、ラストに意外なものがあった。
そこに生えているのは、バナナという植物だった。
王都の果物屋さんでも稀に置いてあるらしいけど、生えているのを見たことはなかった。しかも、出回る量が少ない高級品なので食べたこともない。
そのバナナが試食できるようになっていたのだ。この熱帯植物園の目玉らしい。
なるほど、メアリみたいに飽きてきちゃった子供にフルーツで興味を持たせるってわけか。
「あっ、甘くておいしいですね!」
社長がまず、バナナの皮をむいて口に入れた。俺もぱくっとかじってみる。
「本当だ! 嫌味のない甘さで、ちょうどいいです!」
朝食にあったら、最適かもしれない。きっと、貴族なんかはこういうのを食べてるんだろうな。
だけど、その中で微妙なアクシデントがあった。
「はむはむ……いいですわね。舐めていると甘さが出てきますわ」
セルリアがバナナを食べているのだけど――
無性にエロい。すっごくエロい。
理由は明白だ。セルリアはぱくぱくバナナをかじらずに、舐めていくという食べ方をしているのだ。そのせいで、その…………いけない連想をしてしまう……。
人間には、おおいなる想像力が備わっているので、致し方ないことだ。俺が悪いんじゃない。男ならみんな同じことを考えてしまうはずだ……。自分の何かを舐められているような気になってくる……。
「セルリア、そのフルーツ、舐めてもなかなか溶けないと思うんだけど……」
「ご主人様、そうだということはわたくしもわかっているんですが、サキュバスとして、これは舐めないといけない気がしてしまって……。ここでぱくぱく食べたら、サキュバス失格かなと……」
そんなところで、謎の職業意識を発揮されても!
「後輩君、どうしてびっくりしてるの? 彼女はフルーツを舐めているだけ。動揺はおかしい」
ファーフィスターニャ先輩に咎められた。
「いや、その……ええと……すいません……」
まさか、植物園でこんな気持ちを味わうとは思わなかった。
セルリアのほうはバナナにすっかり満足して、お土産に購入してました。




