142 先輩に慰めてもらおう
翌日の早朝、ソントは長距離馬車が出る王都のターミナルのほうに向けて去っていった。
「ここの住所はわかったし、地元に戻ったら手紙でも書くよ」
「わかった。待ってるぞ」
自分の中で結論が出せたせいか、その時のソントはずいぶん晴れやかな顔をしていた。
ソントが出ていったあと、メアリは食事のテーブルで正直な感想を漏らした。
「あ~、矮小な人間だったな~」
「お前から見たら、あらゆる人間が矮小だろ……」
「でもね、あの人間もフランツに偶然出会えて本当によかったね」
しみじみと、メアリは遠い目をして言った。
「あのまま、家も食べるものもないまま、さらに数日ぼうっとしてたら、死んでた可能性はけっこう高いよ。人間、飢えて死ぬのは意外と時間がかかるけど、その前に自殺しちゃうことだってあるから」
おそらく、メアリは長く生きてる分、人生でつまずいた奴もたくさん見てるんだろうな。
「このままじゃいけないってわかってても、自分一人じゃ軌道修正できない時もあるんだよ。そんな時、誰かが助けてくれるかどうかっていうのは、もう運でしかないよね。生きてる以上、運の要素はあるんだよ」
「俺がネクログラント黒魔法社に就職できたこと自体が、一種の運だしな」
「わたくし、それには少しだけ異論がありますわ」
セルリアが俺とメアリのカップにお茶を注ぐ。
「ご主人様は運の確率がアップするような努力をしてまいりましたもの。絶対なる成功も勝利もありませんが、それを引き寄せたのは、やっぱりご主人様の意思によるものですわ。だから、ご主人様はご立派ですわよ」
セルリアが俺を褒めるのはいつものことだけど、だからってうれしくないわけじゃない。
「ありがとう。セルリアの主人としてふさわしくあれるように、これからも精進するよ」
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その日も休みだったんだけど、思うところがあって、会社のほうに歩いた。
天翔号が止まっていて、その中でトトト先輩が食事をしていた。
やっぱり、まだいたな。天翔号を部屋代わりにできるのはよさそうだ。布とかで覆わないと、外から丸見えなのが難点だけど。
「どう? 上手くいった?」
「その報告をしようかと思って、来たんですよ」
天翔号の中で、俺はまだちょっぴりもやもやしていることを話そうと思ったのだ。
まずは昨夜、お前は白魔法に向いてないとはっきり話したこと、それで郷里に帰る選択をソントがしたことを伝えた。
「あら、よかったじゃん。もっと頑強に抵抗して、魔法の業界で食っていくとか言い出すかと心配もしてたんだけど、そうはならなかったわね。まだ、傷は浅く済みそうじゃん」
この言葉からすると、トトト先輩も人生でまずい方向というか、泥沼にはまっていった人を見ているんだろう。
「ですね。探す仕事の幅をもっと広げれば、まともな人生を送れるとは思います。でも――まだ自分が正しかったのかなって気持ちは残ってるんですけど」
「つまり、どういうこと?」
トトト先輩が顔を近づけてきた。
「俺がやったことって、表現を変えれば、あいつに夢を諦めさせたことでもあるんだなって。その権利が俺にはあったのかなって」
当然、住む場所すらないまま、立ち尽くしていることが正しいわけはない。
しかし、生活を安定させるために魔法の道を捨てろと言ったことが、俺の胸に引っかかっていた。
「フランツ君、それ、逆の意味で傲慢よ」
先輩は俺の頭に手を置くとくしゃくしゃやって、笑った。それ、恋人ぐらいにしかしないコミュニケーションですよ……。
「自分の夢を諦める権利は、本人にしかないの。フランツ君は選択肢を提示しただけ。決めたのは全部彼よ。それとも精神支配の魔法でも使った?」
トトト先輩の笑みが俺の迷いを、さっと飛ばしてくれた。
「もし、本気でその子が魔法を愛していたら、地元に帰っても空き時間に練習したりしてると思うわ。人の可能性はそんなすぐ尽きるほどちっぽけなものじゃないから。まして、フランツ君が彼の人生をすべてコントロールしてるわけでもない。もっと気楽になりなさい」
俺の首に手を伸ばして、先輩はぎゅっと体を押し付けてきた。
スキンシップなのはわかるんだけど、それ、あの、肉感的すぎるんで……。
気楽になるどころか、むしろ一部分が硬くなる……。これは生理現象なので、別にいやらしいことじゃない。いや、やっぱりいやらしい生理現象なのかな……。
そのことはトトト先輩もすぐわかったらしい。
「あれ、ごめん、フランツ君、むらむらしちゃってる……?」
「そうですね……。どうしても先輩は魅力的なんで……」
そこで、先輩は妖艶に笑った。
「今回、フランツ君が頑張ったみたいだし、ワタシが慰めてあげるね。そういう意味で」
その表情を見たら、頭に血が一気にのぼった。理性を軽く破壊してくる力がある……。
「そういう意味というのは……やっぱり、そういう意味ですよね……?」
「答えは体で教えてあげる。ほらほら、先輩からのサービスだよ。脱いで、脱いで♪」
――そのあと、かなりしっかりと先輩に慰めてもらいました。
天翔号の周囲に布を張って、その中で。
「フランツ君は、えっちな先輩は好き?」
「大好きです」
これには悩みもなく、即答だった。我ながら現金なものだ。
「今のでフランツ君の中に残ってた悩みも出ちゃったんじゃないかな? もう、切り替えられてるでしょ?」
ぽんぽんと最後に先輩は俺の頭を撫でた。
「君の友達は動けなくなっちゃってたけど、できればそうなる前に近くの誰かに相談するんだよ。たとえば、ワタシでもいいからね」
そして、男前に凛々しく笑う。
この会社に入ってよかった。あ、エロい意味ではなく。
だんだんと年の瀬も差し迫ってきたけど、仕事納めまでしっかりと働けそうだ。
次回から新展開です!




