138 続かないバイト
「住むところないだろ。今日は俺の家に来てくれ」
「え、でも……使い魔さんも暮らしてるんだろ……?」
このあたりはソントは常識人なので、ちゃんと遠慮する。
「かといって、お前、寝るところもないんだろ。どうやって雨風しのぐんだよ。ただでさえ冬で寒いのに凍死しちゃうだろ!」
「う、うん、わかった……」
ソントもほかに選択肢がないことはわかっていただろう。結局は同意して、俺たちについてきた。
ソントを連れて帰ったら、わかってはいたことだけど、メアリにびっくりされた。
「いったい、誰? やけに薄汚いけど……」
「ちゃんと説明する。ひとまず、ソントは風呂に入っておいてくれ」
ソントは申し訳なさそうに風呂場に行った。その間にメアリに話をした。
「――というわけで、どうしようもなかったから家に連れてきたんだ。一泊や二泊分の宿代を渡して解決する問題でもないみたいだし」
「事情はわかった。でも、納得してるかというと、してない」
それはむすっとしているメアリの表情からでもわかる。
「だって! あの人が使う部屋ってわらわの奥の部屋ってことになるでしょ! 女の子のその奥の部屋に知らない男が寝てるってどういうことなの!」
「いや、それはそうだけど……一応俺と面識ある奴だし……そもそもお前が襲われることって能力的にありえないだろ……」
「理屈ではそうだけどさ~、この国を滅ぼせるほど強くても、わらわも女の子なんだよ」
やはり、レディ扱いされてないことに怒っているらしい。これはしょうがないな。メアリの気持ちもわかる。
「じゃあ、メアリは俺の部屋で一緒に寝るか? それなら今の問題は回避できるし」
メアリの表情が急に現金なぐらい楽しそうなものになった。
「だったらいいよ。しょうがないなあ。フランツのベッドの中だと狭いけど我慢してあげようかな」
「はいはい……。俺を抱き枕代わりにしてもいいからな……」
「言われなくてもそうするよ! これで今日は快眠確定だね!」
メアリの機嫌のほうはものすごくあっさりとなおったけど、さて、ソントの問題はどうしたものか。
住むところがないという面はこの家を使うことでひとまず回避できる。
けど、当然ずっとここに住まわせるわけにはいかない。これは緊急避難だ。どこかで働いて、お金を貯めて、一人で部屋を借りて、生活してもらわないといけない。
それって、改めて考えると絶望的に難しいことに気付いた。
まず、お金がない。これでは部屋を借りれない。
部屋も何もないような状態では、就職活動を行うことも通常はできない。まさか、地べたで寝起きして出社するわけにもいかないだろう。あと、そもそも「部屋すらないような状態です」と言ったら、面接の時に落とされる……。
まともな就職活動を行っていくためにも住居は必要で、どんな汚くて狭い部屋でも、王都なら借りるのに月に銀貨三枚はいるだろう。契約時に必要なもろもろの費用を考えたら、銀貨十枚は最低でもないと何もはじめられない。
銀貨十枚を住居もない人間が稼ぐとなると、何時間かかるのか……。
バイトで時給が小銅貨八枚や九枚として……一日八時間働いて、貯金できる額が食費を除いてせいぜい銅貨五枚とか六枚……。休みの日も入れて、ひと月はかかるよな……。
で、さすがに友達だったとはいえ、ひと月もソントにこの家にいてもらうわけにはいかない。俺の一人暮らしならいいけど、女子のほうが多い環境だ。セルリアとメアリの二人も余計な気をつかうだろう。
だいたい、そうなる前に年末がやってくる。となると、俺も実家に帰るわけだし、またややこしいことになるぞ……。
今後のことで頭を抱えていたら、セルリアがお茶を入れて持ってきてくれた。
「わたくしでしたら、あのソントという方がいてもかまいませんわよ。ご主人様のご学友なわけですし」
「ありがとう、セルリア。でも、そのセルリアのやさしさがあるからこそ、この状態は続けられない……」
これじゃ、セルリアのやさしさにつけ込む形になってしまう。
そこに風呂上がりのソントがやってきた。
風呂でさっぱりしたのか、くたびれた雰囲気もかなり抜けていた。これなら王都でナンパして成功するかはわからないけど、バイトの面接に行って通るぐらいのことは問題ないだろう。
「ほんとに迷惑かけたね……。でも、おかげでほっとしたよ。この数日、生きた心地がしなかったんだ……」
ソントの言葉は純粋な本心だろう。住む場所も食べるものもなくて、堂々としていたら、逆に怖い。
「明日から、すぐにバイトを探して、ここから出ていけるようにするよ。どれだけお礼を言っていいかわからない」
卒業してから一年足らず。俺はちゃんとした家に暮らしていて、それなりに給料ももらっている。
一方で、ソントのほうは住む場所まで失ってしまった。
一年前は同じ学生だったものが、まさかここまで境遇が変わってしまうなんて、不気味ですらある。
だからこそ、せめてソントをもう少し人並みに戻したかった。
「バイト探しはしてもらうとして、もっとお前の話、詳しく教えてくれないか? バイトも転々としてて続かなかったら、お金も尽きたんだろ。なんで続かなかったんだ?」
それがすぐ辞めてしまう性格によるものだとしたら、びしっと言ってやるつもりだった。無論、ブラックバイトを続ける必要はないけど、楽しさしかないバイトなんてものもないだろうから、我慢しなきゃならない局面もある。
「ええと、まず白魔法の日雇いで頭数が必要なところに登録してすぐに終わりになって……次が白魔法の事業のヘルプでこれも十日で……。あと、工事現場で白魔法の防御結界を張るバイトでこれは五日で終わったかな……」
どんどんバイトの名前が出てきた。そして、どれもこれも異常に期間が短い!
「どうなってるんだ……? お前、すぐに辞めてないか……?」
ソントはうつむいて視線をそらしてしまった。
「そういうつもりはないんだけど……」
ううむ……。思った以上に厄介かもしれないな……。
そりゃ、こんなに頻繁にバイトを変わってたら、次のバイトが決まるまでの期間、収入が発生しないから貧乏にもなる。家賃が払えない事態だって起きるだろう。
何が根本的な問題なんだろう?
今月末からコミカライズ、スタートします! お待ちください!




