137 食えなくなっていたクラスメイト
「首元があったかいですわ~」
セルリアの首にはマフラーがかかっている。俺が先日、プレゼントしたものだ。あまりにもセルリアが寒そうだったので、これはいけないと思った。
「ご主人様、ありがとうございます! ご主人様の贈り物、大切にいたしますわ!」
「どっちかというと、贈り物というか生活必需品を買ったって気持ちなんだけどな……」
サキュバスはあまり服を着ないので、こればっかりはしょうがない。
「それにしても、冬場はやっぱり夕方になると冷えてくるな」
その日は仕事で、王都のちょうど反対側の郊外に出ていた。なので、王都を一度通過して、家に帰る形になる。
「このあたり、ご主人様、ちっとも迷いませんわね。わたくしは道があまり得意ではありませんわ。来ることが少ないですので」
「ああ、あんまりお店もなくて住宅地が多いから、セルリアは来ることもないかもな。俺はよく来てたんだよ。学生時代、友達がこのへんに住んでたんだ」
「ああ、ご学友がいらっしゃったんですのね」
「といっても、四年生の頃は俺も就活に追われてて、そいつも寮生じゃなくて、クラスも違ってたから、あんまり会えなくなってたんだけどな」
就活が近づくと、みんな生活リズムが変わるので、そこで距離が開いてしまう人間というのは多い。あと、遊び人だったのに人が変わったようにものすごく真面目になったりする奴もいるんだよな。
そういえば、あいつは就活どうなってたんだろ。そんなに成績はよくなかったんだけど。
比較的大きな公園の中を歩く、ここを通過するほうが近道になるのだ。数日は同じところでの仕事なので、この道を通ることになる。
と、ベンチに見慣れた顔があるような気がした。噂をすればというやつだ。
「あれ、ソント、ソントじゃないか?」
俺はベンチにうつむいて座ってる男に声をかけた。
その男が顔を上げる。やはり、ソントだった。あまりきれいな服装じゃない。顔もどこか汚れている気がした。
「あっ……フランツじゃないか。なつかしいな……。今は何してるんだ?」
「俺は黒魔法の会社に就職したよ。ソントのほうはどうだ?」
「ええと……その、俺のほうは白魔法の中小企業に入ったんだけど……」
「そっか。今日はもう仕事終わりか? こっちは終わって、今から家に帰るところ。このサキュバスは俺の使い魔のセルリア」
ぺこりとセルリアが礼儀正しく頭を下げた。そのあたりは良家のお嬢様の雰囲気がよく出ている。
「へえ……本当に黒魔法の会社に入ったんだ。しかも、サキュバスの使い魔ってすごいじゃないか……」
ソントはセルリアをじっと見ていいのかどうか迷っているようだった。露出度高いからな。
「マルク先生のゼミは厳しかったよな。俺、今でもたまに夢に見ることあるし。怒鳴られたこともあるからさ」
「フランツは、そうだな、そんなこともあったな。あれは当てられた場所が悪かったよな……自分もわからないところだった」
久しぶりに会ったので話すことはいくらでもあった。
ただ、どことなくソントはやりづらそうだった。ソントにとって初対面のセルリアがいるからかもしれないし、立ち話で長居も迷惑と思ったのか。
二、三分で、ソントは苦笑いを浮かべて、「またな……」と言った。気をつかわせちゃったかな。
「ああ、それじゃあな」
その日はそこで別れた。人口の多い王都だから、知っている顔に会うことだってあるだろう。とくに気になるようなこともなかった。
しかし、翌日も同じ公園でソントに出会った。
といっても、向こうはうつむいているから、こちらの顔は見えなかっただろうが。
どこか不穏な空気がした。
声がかけづらい。
そんなところで二日連続で出会うというのはおかしいだろう。日課の散歩とかかもしれないけど、時間が変だ。あと、落ち込んでいるようにも見える。
公園を過ぎてから、セルリアが心配するように声をかけた。
「ご主人様、あの方、何か悩みでもあるんではありませんか?」
「可能性は高いかも。けど、うかつに声をかけていいかも微妙なんだよな……」
さらに翌日。
王都の逆側での労働はその日が最後だった。で、例の公園を通った。
また、ソントがうつむいて、ぼうっとしていた。
このまま放っておくのは怖い気がした。
俺はソントの前に立った。
「おい、ソント! いったいどうしたんだ?」
ゆっくりとソントは顔を上げた。ヒゲも伸びているし、顔も痩せこけている。
とても、まともに働いているという状態ではない。
「ああ……フランツ……。恥ずかしいところ、見せちゃってるな……」
「まず、一番大事なことから聞くぞ? ソント、ちゃんと食べてるか?」
「今日は何も食べてない……」
これはダメだな。
「セルリア、悪いんだけど、王都の市場で食べ物を何か買ってきてくれないか? 俺はここでソントと一緒にいる」
「わかりましたわ!」
すぐにセルリアは飛んでいった。
その間、俺はソントからいろんなことを聞いた。
二日前は白魔法の中小企業に就職が決まったと言っていたけど、それは結局バイトだったこと。
そのバイトも三週間で辞めて、それ以降、バイトを転々としたこと。
やがて借りている部屋の家賃も払えなくなって今月、ついに出るしかなくなったこと。
そして、しょうがないから公園で生活していること。
で、お金も完全に底をついて何も食べられなくなったこと。
「おい、そのあとはどうするつもりだったんだよ……。それじゃ、飢え死に待ったなしじゃないか……」
あまりにもソントが後先を考えてないので困惑した。別に今、叱ってどうこうなる問題でもないんだが。
「そうだな……。途中から頭が働かなくなったんだ。就活しても失敗ばかりだし……。それで、バイトやっても続かないし……」
「お前のほうもいろいろあったんだな。でも、とにかく、このままじゃどうしようもないし、まずはメシを食って落ち着こう」
セルリアが食べ物が詰まった袋を抱えてやってきた。
「パンを中心に買ってきましたけれど、よかったですかしら? あと、ノドが渇くかもしれませんのでフルーツも」
ソントは食べていいものか最初迷っていたようだったが、俺が背中を押した。
「お前のために買ってきたものだから、全部食え! それで食べ終わったら、今後のことを考えるぞ!」
ばくばくパンを食べているソントを見て思った。
住むところがないなら、今日は俺の家に連れていくしかないな。
今回から新展開ですが、章タイトルはもう少し進んでからつけます。
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